やきもち焼き(?)のもなみさん

ムタムッタ

はなすもなにも



 いつもの仕事帰り。

 飲み会を断りこれで3度目、「付き合い悪くね」と言われるものの、「これがこれなんで」と頭に角を生やしたポーズを取ってみれば同僚も察してくれるようで。事前に言わないと許してくれないんです、彼女が。


「ただいま~」

「ちょっと……帰って来るのが予定より遅いんじゃない?」


 帰宅も束の間、玄関先で待っていたのは金髪の美女……の外見をした狐の妖怪、妖狐の玉萌奈美たまもなみさん。ブロンドのロングヘアーの上には狐耳がきっちり二つ尖がっている。

 ひとつにまとめたもふもふの尻尾がフローリングをバウンドしていた。せっかくの整った顔立ちは、眉間にしわを寄せて私の前に立ちはだかる。


「電車が遅延してねぇ」

「全然連絡繋がらなかったんだけど?」

「今日スマホ忘れちゃって、ごめんね」

「……ごはん用意する」

「ありがと~」


 里帰りした際に立ち寄った神社で偶然見初められてしまって以来、一緒にいる。「生涯を共にする権利をやろう」とかなんとか滅茶苦茶なことを言われたが、据え膳食わぬは……ってやつだ。そんなに信仰心があるわけでもなかったんだけど、子供の時から1年に1回は立ち寄るから顔を覚えられていたのかな? なんて思ったり。

 最初は神様然としていたけど、最近はなんだかぶっきらぼうな口調が多くなったようなないような……気のせい?

 ジャケットを脱いでいると、もなみさんが鼻を近づけてくる。ただでさえくっつきそうな眉間が密着しそう。


「臭う」

「えぇっ?」

「香水!」

「えー……帰りの電車じゃないかな」

「これはクリーニングに出しときます!」

「ちょうど衣替えだしね、ありがと」

「…………お風呂もすぐ入って」


 ササっと脱がされて風呂にぶち込まれてしまった。

 ちょっと家の外の臭いがつくと気にしちゃうんだから~。綺麗好きで助かるけどね。私だけの時は部屋ぐっちゃぐちゃだったし。なぁんでこんな私についてくるのか……


「わかぁらぁなぁいぃ~」

「うっさい」


 最初は背中を流しにも風呂に入って来たけど、さすがにそこまで世話をさせるのも変だったので今は遠慮してもらっている。それでも着替えの用意に食事の用意、掃除洗濯至れり尽くせり。何か対価でも取られるんだろうかと思っていたが、そんなことはなく。


 世話好きの妖狐ってことなのかなぁ。


「ちょっとッ! これなにッ⁉ 『この前はありがとう』って!」


 大事な所を隠す間もなく、もなみさんが浴室へ侵入。持っていたのは私のスマホだったのだが、誰かとのトーク履歴を見ていたらしい。よくよく見てみると、結婚した幼馴染みとの通信記録である。あんまりもなみさんには見られたくなかったなぁ。


「わたしというものがありながら……!」

「あ~、見られちゃった」


 言い訳する必要はないんだけども。

 もなみさんったら、早とちりなもので額に青筋立ててる。やきもち焼きというやつ。女性の気配がするとすぐに殺気立つのも珍しい。


「もなみさ~ん、チェックするならちゃんと履歴見てよぉ」

「はッ゛……?」


 『っ』に濁点付ける人初めてかも。

 スクロールする彼女の表情は強張ったままだが、どの辺を見ているのだろうか。

 

『やっともなみさんのプレゼント決まった~』

『あたしら夫婦連れ回してご苦労様でした』


「……ぷれぜんと?」

「そろそろ会って1年だった気がするし」


 ぴーんと伸びていた耳が、へなへなと萎れていく様は面白い。もなみさんはちょっとしたことで喜怒哀楽が変わるもんだから飽きないのである。


「夕飯の後にでも渡そうかなーと思ってたんだけど」

「そ、そう…………ごめん」

「んもぅ、せっかちさんなんだから~」


 あ、名前の登録が違うから勘違いしたのかな?

 操作には慣れてきてるけど、細かいところはまだよくわからない見たいらしいんだよね。なんでかGPS設定は詳しいけど。


 入浴後、夕飯はきつねうどんだった。

 もなみさんは麺より油揚げが多い気もしたが……まぁ妖狐だし。またそのおいしそうに食べる顔が可愛いんですよ。大抵じっと見てると睨まれちゃうんだけどね。

 

 食事を終えた後、もなみさんはやたらとそわそわして私に尋ねた。


「ね、ねぇさっきのぷれぜんとって……」

「あー! また忘れそうだった、待ってて」


 通勤の鞄から取り出したのは、噂のお高めヘアブラシ。なんで高いのかはよく分からないけど、髪にいいとかなんとか。もなみさん髪長いし、アクセサリーよりはこっちのが実用的と見込んだのである。


「手入れするならいい道具の方がいいかなーって」

「……ありがと。なんか……今日はごめん」

「ごめん? 別に悪いコトしてなくなぁい?」

 

 いつも通りだ。

 いつも通り律儀に玄関で待っててくれて、遅いなら心配してくれて。

 怪しい連絡してないかチェックをしてくれて。

 ちょっとやきもち焼き?


「使って」


 顔を逸らして、玉さんがヘアブラシを突き出した。早速妖狐様の髪を手入れである。サラサラの金色の糸が、梳かれていく。


「はぁ~玉さんの髪はいつもサラサラだねぇ」

「貴方が梳いてくれれば、ずっとずっと変わらないよ」

「そりゃ大変だ」

「ふふん、光栄でしょ」


 やっといつものもなみさんに戻った気がする。

 遅れて帰って来ちゃったからね、今度からちゃんと連絡しよ。


「ちょっと、手が止まってる!」

「はいはい神様」


 丁寧に、丁寧に梳いていく。

 これからずっと梳くのは私の役目かな。


「最期までよろしく……」

「へぇーい」




「…………離さないから、絶対」

「何か言った?」

「なんでもない!」


 まぁ……聞こえてるけどね。

 しかし、はなすもなにも。


 ずっと一緒にいるつもりなんですが。今更何を言ってるんでしょうね、この妖狐様は。


 

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