エピローグ 僕はこの世界で君と生きていく

 4月23日(木)の放課後、今日もラブコメ研の部室では作戦会議が開かれていた。

 参加しているのは僕、楓さん、九条、そして新たに仲間になった鳳至ふげしの四人。さすがに三畳の部室に4人もいるとキツくて仕方がない。

 パイプ椅子に腰かけた三人の前に立った楓さんの傍にはホワイトボード。備品を増やしても部室が狭くなるだけなのだが、楓さんとしては会議の形にもこだわりたいらしい。

「今回の議題は、これからの活動のためにラブコメ研が獲得すべき部員についてなんだけど、なにか意見はあるかしら」

「もう部員いらなくないですか?ただでさえ狭い部室なのにこれ以上増えたら入りきりませんよ」

 僕がそう言うと、楓さんは頬を膨らませた。

「もうっ!陽ちゃんったら夢がないわね。日常の活動をラブコメにするためには、ラブコメらしいキャラが不可欠なのよ」

「とりあえず、現状揃っているキャラを列記すれば、他にどんなキャラが必要か分かるんじゃないですか?」

「さすが九条くん。目の付け所がいいわね」

 楓さんはそう言うと、ホワイトボードにこう箇条書きした。

〈現時点で揃っているキャラ〉

 ・巻き込まれ型主人公(島田)

 ・見た目は清楚、中身は活発なチートヒロイン(厚東ことう

 ・頭が切れるイケメン(九条)

 ・幼馴染巨乳ギャル(鳳至)

 うーん、どこからツッコめばいいんだろうな。なぜか僕が主人公にされているのだが、主人公なんて柄じゃないと何度言ったらわかってくれるのだろうか。

 いや、思い返してみると、ここ最近の行動は主人公っぽいかなと自分でも思わなくもない。

「あのさあ、かえでっち。ちょっといいかな?」

「なにかしら?」

「私のことを巨乳ギャルって書くなら、かえでっちは無乳ヒロインじゃないとおかしくない?」

「それだと長いから」

 バッサリ。

 チートに関しては、現実改変能力なんて持ってる時点でチートだしなあ。

「理想の学園ラブコメの実現のためには他にどんなキャラが必要だと思う?私が思うのはこの辺かな」

 楓さんはペンをキュッキュッキュと走らせる。

 ・生意気な後輩(語尾が「ッス」だと望ましい)

 ・留学生

 ・お嬢さま

 ・マッドサイエンティスト

 ・男の娘

 ・幼女

 こっちもツッコミどころしかねえな。後輩はまあ分かるとして、普通は高校にマッドサイエンティストいないだろ。ラブコメでもなかなか出てこないぞ。それに中高一貫校に幼女もいるはずがない。幼児体型の中高生なら探せばいるだろうが。

「この中で一番実現可能性が高いのは男の娘ね。陽ちゃんと九条くんも元々かわいい系だから、男の娘にできるでしょ」

「おいちょっと待て。なんで僕らを女装させる前提なんですか」

「女装はちょっとなあ。姉さんからも男らしくしろって言われてるし」

 普段は楓さんの方針に逆らうことのない九条もさすがに焦り気味だ。

「厚東先輩、ただでさえ少ない部員の中でキャラ被りはよくないと思うんですよ。女装させるなら島田くんだけでいいんじゃないですか?」

 露骨に保身に走る九条。裏切りやがった。

「いやいや、男の娘キャラなら別に被ってもいいんじゃない?二人ともかわいいんだし。それに、女装は男にしかできない、最高に男らしい行為なんだよ!」

「いや、実はうち、家訓で女装はするなって…… 」

 おい、九条。見苦しいぞ、諦めろ。九条は、女装すると発疹が出るだの、女装すると祟りがあると婆さんが言ってただの、無理のある言い訳を重ねている。

 自分一人が女装させられるならともかく、九条も一緒なら恥ずかしさも半減されそうだ。なんてことを考えていると、部室内に設置されたスピーカーから大音量で放送が響いた。

「高1の2、島田。渡したいものがあるので至急、高校職員室、加美のところまで来ること」

 なんだなんだ、また呼び出しか?カミサマ大先生とは一度目の高校生活では全然接点がなかったのに、二度目では呼び出されてばかりだ。周りからは、相当な問題児だと思われているに違いない。まあ、呼び出しくらいなら、屋上の件と違って、たちまち霞んでしまうだろうけど。

 果たして渡したいものとはなんだろうか。僕は三人に断って部室を出ると、高校職員室へ向かった。

「おお、島田。ちゃんと来たか」

 僕は手を横に着け、ピシッとした姿勢でカミサマ大先生のデスクの横に立つ。大先生に怒っているような様子はない。

「それで、渡したいものとは、なんでしょうか」

「これ、返すわ」

 大先生は引き出しからなにかを取り出すと、僕の手に無理やり握らせた。

「これって…… 」

 手元にあるのは僕のスマホ。大先生に見つかり、校則違反として没収されたものだ。

「解約しなくていいんですか?」

「急に校則が変わってな。持ち込み全面OKになったんや。まあ、授業中は使用禁止やし、触っとったらハンマーで叩き潰すけどな」

 あまりにも急な校則の改定。心当たりしかないな。

「それってもしかして」

「厚東楓に伝えとけ。あんまりしょうもないことに、改変力を使うなと」

「担任なんですから、直接言えばいいじゃないですか」

「あいにくわしは四十年以上、野郎どもの相手ばかりしてきたんや。女子高生の扱いには慣れとらん」

 道理で僕ばかり呼び出しを食らっていたわけか。

「用は済んだ。とっととんでまえ」

「失礼しました」

 僕はスマホをポケットに入れると、頭を下げて職員室を後にした。

 階段を上り、部室へと戻る。

 廊下からちらりと中を覗くと、説得は済んだようで、九条は死んだ目をして、笑っていた。

 新キャラ確保についての話は、結局校内にチラシを貼って「我こそはラブコメ適性の高いキャラだ」と思う生徒に名乗り出てもらうという方針になったそうだ。

 部室のキャパシティを考えると、誰も名乗り出ないでほしいと思うところだが、きっとそううまくは行くまい。


 九条と鳳至が帰った後、僕は書きかけの小説ノートを取り出して、楓さんに見せた。

「へえー、書きはじめたんだ」

「二度目の高校生活では、設定を考えるだけでちっとも書かないワナビからは卒業したいんですよ。せっかくやり直すんですからね。このままちゃんと書いていけば大学在学中くらいにはデビューできるかもしれません」

「まあそうやって夢を追いかけてみるのもいいんじゃない?せっかくの青春なんだもん、一緒に楽しんでいこうよ!」

「言われなくてもそうするつもりです。夏休みはしっかり遊んで、文化祭では全力を出しきりましょうね!」

 二度目の高校生活も決して順調に行くわけではないだろう。僕らの前には大学受験という、また越えないといけない壁がある。その先の大学生活ではパンデミックで不自由な状況をまた体験するはずだ。就活でもきっと苦労するに違いない。

 だが、たとえどんな障害が待ち構えていようとも、僕は今を楽しみ尽くして、明日へ、そして未来へと着実に歩んでいこう。僕の隣には楓さんがいるのだから。

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一緒にタイムリープした彼女は僕とのラブコメを実現したいらしい 逆瀬川さかせ @sakasegawa

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