バディ!

タカナシ トーヤ

フェチと恐怖症

ネオンの光る夜の街を、お揃いの革ジャンを着た男と女が歩いている。

5分もしないうちに、あたりから明かりは消え、静かな闇と静寂に包まれた。


時刻は深夜3時。

歩く人影もなく、周囲にいるのは泥酔し、鼾をかいて道に寝ころがっている1人の男だけだ。


「あいつは、気にしなくてよさそうだな。」

寝ている男を一瞥して、男と女は路地裏に入る。


「ついに、この日が来たのね…」

女は感慨深い顔で空を見上げた。

手袋をした男は、裏口のドアの鍵を慣れた手つきでこじ開ける。



キィィィ‥



重たい扉が開く。長い廊下を壁づたいに歩いていくと、ショーケースが見えてきた。


「あぁ、ついに手に入るのね。あの巨大なピンクダイヤモンドが‥」

「ここまで苦労してきた甲斐があったぜ。」


男と女は身を潜めながらゆっくりとショーケースに近づき、鉄のバールでケースを叩き割った。


バリィィン!!!!!


ガラスの割れた音があたりに響き渡る。

その瞬間、ビルの電気が付いた。


「まずい!!張られてたか!!」

男はダイヤを手に取り、女の腕を掴んでビルの廊下に飛び出した。

「上だ!逃げるぞ!!」


階段を登っていくと、上から駆け足で降りてくる足音がする。


「くっ!来たか!」

男は女の腕をつかんだまま、近くにあったトイレの個室に逃げ込んだ。

「さっきのヤツは店の様子を見に下へ行くはずだ。アイツの足音が下まで行ったら、上の非常口から出て、ビルから飛び降りる!!」

男は早口で喋り切った。

女は男の話も耳に入らない様子で、感極まって涙を浮かべている。

「ねぇ、あのダイヤ、私のためにってくれたのよね。」

「あぁ。もちろんだ。」

「嬉しい‥‥私、幸せだわ。ねぇ、キスして。」

「今はそれどころじゃないだろ!」

「私、密室が大好きなの。狭いところだと興奮しちゃうの。ねぇ…」

女は相棒バディの足に自分のナイスバディを重ねる。

「なぁ、今それどころじゃないだろ!つーか、俺は、閉所恐怖症なんだ!暗いところも怖い!早くここから出たいんだ!」

「そんなこといわないで。幸せな記念日のお祝いよ、お願い。。」

女は男の唇を優しく触りながら男の身体に纏わりつく。

「私のこと、もう一生、【離さないで】‥」


「なあ、続きは家でゆっくりやろうぜ、今は早く逃げないとマズイ。逃げ切れたら、俺たち、こんな生活とはおさらばじゃねーか。あのダイヤを売れば、一生安泰だ。」


「えっ?この指輪でプロポーズしてくれるんじゃないの?」

「はぁ?こんな巨大カラットを?金にしたほうが何倍も幸せになれるだろ。」

「ひどいわ!!じゃあ、婚約指輪はどうするのよ!!」

「売った金で好きなのを買ってやるよ。」


「いやよ!!!これがいいの!!!!!」

女が怒って大きな声を出した瞬間、廊下から誰かの声がした。




「なんか聞こえなかったか?」

「さあ、、??」





「マズイ、近くにいる。静かにしてろ。」

「あぁ、念願のピンクダイヤ…私もう、ここで死んでもいいわ。ねぇ、もう興奮が止まらないわ。ここで抱いて。。」

「静かにしろ!」

「ねぇ、私、もう我慢できない‥」

「俺は閉所恐怖症だっていっただろ!ここでは無理だ!!!話すな!!!」

「こんな素敵なダイヤモンドが目の前にあって、密室にふたりきりなんて、私‥」


「いいから!!!!!!!!!頼むからもう【話 さ な い で】!!!!!!!」


男は怒鳴った。



「いたぞ!!!トイレだ!!!」




「終わった!!!!もう強行突破するしかない!!すぐにここを出て上から飛び降りるぞ!!」

男は慌てて女の手を引こうとする。

しかし、女は涙を流したまま、まったく動こうとしない。



「いやよ!私、高所恐怖症なの‥」

女の目から流れ落ちるものが、喜びの涙から悲しみの涙に変わった。






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バディ! タカナシ トーヤ @takanashi108

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