第12話 ステラ②
「…………ふあ」
今日も冒険者達が騒がしく階段を上り下りする音で目が覚めた。
本当はもっと壁が厚い良い部屋に泊まりたいのだが、Eランクの報酬と初日にエリシアから渡された
最近はニレナの報告書に、宵月の烏によるエリシアへの襲撃、ニレナがいない間の
あの後、パーティを組みたいとかいうステラの寝言は当然断った。
ステラと組めばCランクの依頼に行けるようになるというのは確かに大変魅力的だが、ステラのあの行動は普通に考えても怪しいし、毎回依頼の度にあんな感じで試されていたらこっちが持たない。
Cランクの依頼は魅力的だが他を当たることにしよう。
銀貨3枚を払って宿を出て、そのままギルドに向かう。
今日も依頼に行かないといけないが、ステラは断ったので他を当たるしかない。
酒場ではすっかり嫌われているけど、まあなんとかするしかないな。
そんなことを考えながらギルドの扉を開けると――
「さあ!今日こそ私とパーティを組んでもらおうか!」
ステラが仁王立ちで立っていた。
「なんでいるんだよ……」
呆れながら酒場の空いている席に座ると、当然のようにステラが対面に座った。
「勿論、君と依頼を受けるためさ。さあ、今日もCランクの依頼に連れて行ってあげようじゃないか。本当は二日連続でCランク以上の依頼なんて行くものじゃないけどね」
ステラが臆面もなくそう言った。
ため息が更に漏れた。
「そりゃお前……実際にCランクの魔物と戦ってたのは俺だけだったからな」
恨みがましく言うと、ステラは不敵に笑った。
「……フフ、そう言ってくれるな。今日の依頼は特別でね、私も本気を出すよ。さあ、今日も二人でランクの頂を目指そうじゃないか!」
そう言ってステラは立ち上がると俺に差し出してきた。
駄目だこれは。
完全に自分の世界に入ってやがる。
「いいか?昨日も断ったけど、俺はもうニレナとパーティを組んでいて、お前とパーティを組むのは――」
差し出された手を無視して、改めてステラにそう言いかけたところで――
「ニレナとは、別れた方がいい」
言い終わるより先に、ステラがそう言い切った。
「確かに私は君と組みたいさ。だがね、私がこう言うのは何もそんな浅ましい理由からじゃない」
ステラにしては珍しく真剣な顔をして言葉を続けた。
「いいか?ニレナには――」
ステラがそう言って、俺に顔を近づけきて何かを言いかけると――
「へ~~、なんだか楽しそうな話してるね~~」
――同時に、隣から聞き覚えのある"間延びした声"が響いてきた。
声のした方へ振り向くと、そこにはニレナが後ろ手を組みながら立っていた。
「ニレナ……」
「はろ~~おねーさん、帰って来たよ」
ニレナはそう言ってにへらと笑うとヒラヒラと手を振った。
「…………帰って来るの、早くないか?」
ニレナが都市を出ると言ってから、まだ二日しか経っていない。
こんなに直ぐ帰って来るならあのやり取りはなんだったんだよ。
「"数日"って言ったでしょ~~?それにしても……」
ニレナはあっけからんと言いながら俺の隣に腰かけると、そのまま足を組んで頬杖をついて俺を眺めた。
「私はおねーさんのために大変な仕事を一日で終わらせて急いで帰って来たっていうのに、おねーさんの方はもう他の女に靡いてるなんて、傷ついちゃうな~~」
「う……」
思わずニレナのジトっとした視線から逃れるように目を逸らした。
靡いてるって……
しかし先ほどまでステラが余計な事を言っていた手前、反論しずらい。
ちらりと横目でニレナの顔を窺うと、ニコニコと笑っているもののその目の奥が笑っていない。
「待った」
そこでステラが俺達の会話を遮って、ニレナを正面から見据えた。
おい、これ以上刺激するなよ。
「ニレナ、この際だからはっきりと言っておこう。彼女からは手を引くんだ」
……やりやがった。
「……今は私が、おねーさんと喋ってるんだけど~?」
ニレナがステラに鋭い視線を向けたが、ステラは欠片も怯むことなく続けた。
「先輩冒険者として、未来ある冒険者が君に潰されるのは看過できない」
「そんなこと言って、自分が上に上がるのにおねーさんを利用したいだけなんでしょ~~?」
ニレナが笑顔で言い返すと、ステラも椅子に寄りかかって余裕そうに笑った。
「冒険者同士が互いを利用しあって上を目指すのはいたって普通のことだ。その点、私はCランクで君はDランク。どちらが彼女を高みに連れて行けるかは明白だろう?」
「今まで色んなパーティを渡り歩いてきたくせに、"連れて行く"~~?どうせ自分がBランクに上がったらポイするつもりなんでしょ~~?」
「なっ……!そんなことするものか!それに、組んできたパーティメンバーが次々と死んでいく君よりはマシだろ!?」
ステラがそう言い返すと、ピクリとニレナの眉が動いた。
「へ~~?おねーさんの前で"それ"言っちゃうんだ~~?」
そう言ったニレナは、表情こそは穏やかなものの殺意が漏れ出していた。
……実はもう知ってるんだよな。
エリシアの報告書に書いてあったし。実際そのことで一晩は頭を抱えていたし。
「先に藪蛇を突いたのは君のように思えるがね」
ニレナの殺気に怯むことなくステラも不敵に笑い返した。
ニレナとステラが微笑みあう様子は、はたから見れば一見穏やかなようにも見えなくもないが、その水面下では激しく火花が散っている。
「おい、見ろよあのテーブル。ニレナとステラが
「ああ、マジだ……何者なんだよあの
ああ、嫌な注目のされ方をしてる……
これ以上下がることは無いように思えた俺の酒場での株価が更に下落していくのを感じる。
「……あのさ、どっちとかとかじゃなく、三人で依頼に行っちゃ駄目なのか?」
この空気に耐え切れなくなって俺が口を挟むと、二人は目を丸くした。
「……なるほど、どちらが相応しいか、依頼の中で決めようという訳だね」
違う違う、そうじゃない。
三人でパーティを組まないかと言ってるんだ。
「いや、そうじゃなくて……」
話が変な方向に向かいかけている。
このポンコツは駄目だ。たぶんニレナなら俺の考えていることが分かってくれる筈だ。
ニレナに助けを求めるように視線を送った。
「へえ~~?」
ニレナがジトっとした目で見て来た。
ああ……こっちは分かったうえでやってるな。
……まあ、これはどちらかと言うとニレナが正しい。
俺が現在パーティを組んでいるのはニレナなのだから、当然ニレナを選ぶべきだ。
「いや、その……すいません……」
思わず謝ると、ニレナがクスと笑った。
「まあ~いいや、おねーさんが流されやすいのは仕方ないしね。おねーさんにとって、本当は誰が必要なのか私がしっかり教えてあげなきゃね~~」
ニレナがステラに当てつけるように言った。
「ふふ、おもしろいね。私の方がランクは上なんだけどな」
ステラもニレナの挑発に小さく笑うと、ニレナに向き直した。
「まあ、いいさ。生意気な後輩に格の違いを教えてあげるよ」
◇◇◇
という訳で三人でクエストに行くことになった。
「……………………」
「……」
「……」
会話も無く、三人でユスティニアの森を歩いていく。
雰囲気は、控えめにって最悪だ。
「私がいない間、誰かと依頼に行くとは思っていたけど、まさかステラと組んでたとは、流石おねーさん。手が早いね~~」
「いや、それは……」
「アマヤには私の方から声を掛けたんだ」
「へ~?まあ当然だよね~~?
ステラが答えると、なぜかニレナが誇らしげに胸を張った。
「二人はその……知り合いのなのか?」
「いや~~?同じ依頼を受けたこともないよ」
「私は
けろりと答えたニレナとは対照的に、呟くようにステラが言った。
「何せ、彼女の悪名は私の耳にも入っていたからね」
「…………」
ニレナが黙ったままナイフを抜いた。
おい、やめろやめろ。
「おねーさん、それはね……」
俺が静止してナイフを仕舞うと、ニレナは消え入りそうな声で呟いた。
「いや……実はステラに聞かなくても、もう知っているんだ」
「…………」
黙ってしまったニレナに言葉を続ける。
「最初に知った時はかなり悩んだけど、今のパーティはニレナだしあまり気にしても仕方ないかなって。まあ……大事なのは今だろ」
「そっか……」
静かに呟いたニレナは、俺の外套の裾を小さく握っていた。
「……まだ私が話している途中だったんだが」
ステラが不満そうに呟いた。
「ああ、悪い。続けてくれ」
「……Fランクから冒険者になりつつも、それより格上の依頼をこなし続ける冒険者がいるって噂になっていたんだ。それで気になってその冒険者を暫く見ていたんだが、その冒険者は何度かパーティが壊滅しても一人生き残り続けてきた。それで確信したんだ。『ああ、この冒険者は自分のランクのためにだけに周りを死地に引きずり込んでいる』ってね」
「そして……やがて私が持っていたDランクへの最速昇級記録を塗り替えたのがその彼女……ニレナだよ」
ステラが呟くように言った。
「……………………」
なるほど、ステラがやたらとニレナを意識していたのはそういうことか。
噂、疑心、嫉妬。
冒険者もなかなかに面倒くさいな。
「……はあ」
二人の静かな沈黙に挟まれながら、ため息を吐く。
こういう人間関係のしがらみが嫌で仕方が無かった筈なのに、結局こうなっている。
やっぱり人生はままならないな。
ともあれこうなった以上、二人を慎重に見極める必要がある。
一昨日、エリシアが襲撃にあった日にエリシアは宵月の烏は、近いうちに接触してくるか――もしくはもう接触しているかと言っていた。
つまり、エリシアの言葉を信じるなら、ニレナかステラのどちらかが宵月の烏の構成員ということになる。
正直、エリシアの襲撃の翌日に接触してきたステラも、エリシアからの報告書に不審な過去を持つニレナも、どちらが宵月の烏であっても不思議じゃない。
その後はまた会話も無く歩いていると、少し前を歩いていたステラが足を止めた。
「ほら、あれだ」
そう言ってステラが指さした先の木の頂には、"藍色の怪鳥"が止まっていた。
いともたやすく人が死ぬ異世界に転生させられて あまはら @caligula2359
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