第24話 来日編
とっぷりと日が暮れた。
だからと言って誰一人家に帰るようすはない。ケーブルテレビでやっているゾンビ映画マラソンをじっと静かに観ているわけだ。
ソファーの真ん中にはタスクが座り、左右にソフィー姫とレイコが座っている。どうもこの二人は馬が合わず、おたがい口すらきかない。
というわけでじっと画面の中で暴れるゾンビを眺めている。ピザはとっくのとうに食べきった。ソフィー姫はコーラをいたく気に入り、ペットボトルをキレイに飲み干した。
もう深夜だというのにセーラー服姿のレイコは腕組みしてつまんなそうにゾンビを眺めている。
ああ、レイコは明らかに機嫌が悪い。
涼しげなつり上がり気味の目はいつもより細いし、小さく薄い唇はちょびっと突き出ている。冷たい美少女の印象がいつもより強い。 そんな時は話しかけるとたいていとげのある言葉でひっかかれる。レイコのちょっとした機嫌の悪さを感じ取れるのはタスクくらいなものだった。
レイコはやおら立ち上がる。
「シャワー浴びていきます!浴室借りますよ」
タスクはバスタオルを渡すとレイコは浴室に消えた。
「ソフィー姫は家に帰らなくて大丈夫なの?」
タスクはそれとなしに姫の胸のうちをさぐることにした。
「家出してきたから大丈夫よ」
家出?城から逃げてきたのだったら城出というのがただしいかもね。タスクは馬鹿なことを思ってしまった。
「全然大丈夫じゃないじゃないか。もしかしてお父さんと揉めたの?」
「そうです。いいなづけと結婚させられるので逃げ出してきました」
「いいなづけ?フィアンセってこと?そんな人いたの?」
タスクは少なからずショックを受けた。手紙にはそんなこと書いていなかったじゃないのさ。かなりソフィーに対して好意を寄せていたので余計にショックだ。
「それに母が亡くなったばかりだというのに戦争をやらかそうとしているのもしゃくに障るわよ。だから抗議の意味を込めて逃げ出してきたの。しばらく泊めてくださいね」
「ちょ!ちょ!待った!大国の姫をこの小さな家にかくまえって言うの?無理ゲーじゃない?だってさ姫の護衛だって一人もいないしさ、ウチのオヤジが帰ってきたら追い出されるかもよ?」
「大丈夫よ。落ち着いて。あっちの世界にはあの泉のことを知っている人なんて一人もいないの。こっちになんか誰も来ない。もし何かあったら魔法で解決すればいいわ」
「魔法はまずいって!大事になるよ!こっちの世界ではあれだよ?魔女狩りにあうよ。魔女だって疑われただけでも、さあ大変!釜ゆでにされたり、火あぶりにされたり、もう大変さ!・・・・・・今はないけどさ。ないと思う」
「私は魔女じゃないわ。普通の女の子よ。だから大丈夫」
姫はそう言って笑った。
「もう暗いから今日は泊まっていくといいよ」
タスクは平然と言ったが内心はドキドキした。
もちろん下心はとてもとてもあるに決まっているじゃないか。
「ありがとう!」
姫は顔をほころばせてお礼を言った。心地のよい姫の笑顔につられてタスクも笑ってしまった。
「夕飯でも作るよ。おなか減ったでしょう?昼はこってりしたピザだったからさっぱりしたものを食べたいよね?」
キッチンをひっくり返して調べると食材は豊富に見つかった。
中でも一番タスクの気を引いたのが素麺だった。
異世界の姫に素麺を食べさせる。
一体どんな顔をするだろうか?
タスクは軽いイタズラの誘惑に抵抗できなかった。
まずは鍋に水をなみなみと注ぎ火にかける。
長ネギを細かく切り、ショウガの皮を削っておろし金にかけた。ワサビは練りチューブがあるのでそれでよし。薬味がそろうと食器と箸を準備する。するとほどなくして鍋の水は沸騰した。麺をぱらぱらと入れて数分待つ。食べ頃の硬さになるとザルでお湯を切って流水で冷やした。ガラスの容器に素麺と氷水を入れた。後は食べるだけだ。
「ふう!気持ちよかったです!」
濡れた髪を丁寧にバスタオルで拭き取りながらレイコは戻ってきた。メイド服姿で。
「なんでメイド服を着ているのかな?」
「タスクさんはメイド服が好きではないんですか?タスクのお父様の部屋にあったので着てみました」
オヤジはこんなモノをなんで持っているのだろうか?小説の資料用か?
メイド服姿のレイコをしみじみと眺めた。レイコは財閥の一族の娘さんで血統も良いと聞く。そんなお嬢様がメイド姿に身を落としている。胸元が膨らんでいてああ、レイコはけっこう胸が大きいんだなあとタスクは思った。
「今日はタスクさんのメイドになります。何かご要望があればなんなりと言ってください」
レイコは微笑む。美少女の悩ましいメイド服姿ときたらときたら少年のタスクには刺激が強かった。
ソフィーがリビングにふらりと戻ってきた。チアガール姿で。
「ソフィー?どうしたのさ?その格好は?」
「ジャージが少し暑かったので着替えたの」
「どこにあったの?その服?」
「突き当たりの部屋に入ったらあったの。可愛かったから着てみたの。どう?似合っている?」
チアガール姿でくるくるとまわる。まんま青と緑の目をした本場物のアメリカ人に見えた。タスクは心の中でオヤジに深く感謝した。
「あら?チアガール姿がお似合いですわね?」
「レイコもメイド姿とっても可愛いわ」
お互いに珍しく褒め合っている。今夜は楽しくなりそうだ。タスクは心の中でほくそ笑んだ。
「素麺を作ったよ。さあ食べよう」
3人はちゃぶ台を囲む。
ソフィーは素麺を見入っている。
「この水に浮いた糸くずは何?本当に食べられるの?」
「素麺だよ。美味しいよ」
レイコは素麺をたぐり寄せてつゆに浸してつるりと食べた。タスクも続いてつるりとやった。
姫は不器用な箸さばきで素麺をたぐるとつるりとすする。その間、タスクとレイコは姫を観察した。
目をぎゅっとつぶり静止した。
「ソフィー?まずかった?吐き出す?」
ソフィーは首を横にふる。
「美味しい!!」
ソフィーは慣れない箸さばきで素麺をたぐり寄せてはつるりとやり、また箸を水面に突っ込んではつるりとやる。水の中の素麺はあっという間になくなってしまった。
「この素麺というの大変気に入りました!」
タスクとレイコは姫の食欲に驚き、顔を合わせて笑ってしまった。
もう一度素麺を茹でてタスクとレイコも腹を満たした。
「今日は疲れたでしょう?もう寝るといいよ」
タスクは姫に言う。
「いよいよ初夜ね!」
姫は鼻息荒くし胸を震わせる。チアガール服のシャツのふくれた胸の部分がぷるぷると震えている。
望むところだ!とタスクは言い返そうとしたとき、レイコが二人の間に割って入る。
「私はそういう冗談は好きじゃありません!」
「レイコは帰らないの?」
姫はメイド服姿のレイコの両肩に手を掛けてしなだれかかる。
「ソフィーさんが帰らないかぎりは帰りません!」
瞳を冷たく尖らせてソフィーにそう宣言する。
「選ぶのはタスクだからね。どっちを選ぶ?」
チアガール姿の王女か?メイド服姿の財閥のお嬢様か?二人とも壮絶に可愛いのだから選べるわけがない。
「3人一緒には?」
タスクはしれっと言ってのけた。
収納ダンスの下部の引き出しがすっと開き、そこからナオトがするりと這い出てきた。
「ふうっ!ゾンビたちはいないでしょ?どうやら状況終了したようだね!僕も入れて!」
チアガールとメイドは笑顔のナオトを羽交い締めにして元のタンスに無理矢理ねじ込んだ。そしてタンスをガムテープでぐるぐる巻きにして出られなくした。
つづく
ソフィーからの手紙 異世界の王女とボトルレター! 冬森 次郎 @girou4
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ソフィーからの手紙 異世界の王女とボトルレター!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます