内緒にしておこう【KAC20245】

時雨澪

はなさないで

 窓際の席で頬杖をついていると、暖かさが心地よくてウトウトしてきた。放課後の空き教室って誰にも邪魔されなくて良いよね。騒がしい教室の中で友達と一緒にお弁当を食べる昼休みも好きだけど、この落ち着いた雰囲気の方が私は好きだな。吹奏楽部の練習で吹く楽器の音色が聞こえてきたり、夕陽に照らされてできた私の影が床に伸びていたり、誰かとゆっくりお話ができたり――。

「あ、マイってばやっぱりここにいたんだ」

 ガラガラとドアが音を立てて開く。聞き覚えのある声がして顔を上げると、教室の入口にホタルが立っていた。

「ホタルー。来るの遅いよー」

 明るい茶髪のポニーテールを揺らしながら遠慮なく教室に入ってくる。

「ごめんごめん。ちょっと補習がさ」

「えー? ホタルってお勉強苦手だったっけ?」

「ちょっ……部活のみんなには話さないでね?」

 ホタルはきまりが悪そうに言うと、私の前の椅子にまたがるように座って私と向かい合った。

 ホタルは私の一つ上の先輩で、私の所属する部活の部長で、私の一番大好きな人だ。部活が休みの日はこうして二人で会っている。

「大丈夫だよ。私の口は堅いから」

「アタシ、マイのこと信じてるからね?」

 ホタルは私の手を両手で包みこむ。付き合ってから格段にスキンシップが多くなってがする。すごく嬉しい。もっとしてほしい。

「あれ、どうしたの? 考え事してる?。表情がマイらしくないよ」

 あれ、私の思考、顔に出てたかな。ホタルを困らせちゃったかも。でも、我慢できないや。別に私達以外誰もいないから良いよね

「ホタル……ぎゅってして欲しくなっちゃった」

「やっぱり?」

 ホタルはおもむろに立ち上がると、私の横に立って両手を広げた。私より少し身長は低いはずなのに、私のお姉さんになってくれたみたいだった。

「ほら、おいで」

 誘われるようにして立ち上がると、ホタルは私の体を抱きしめてくれた。温かさが伝わる。幸せだ。思わず私もホタルの背中に腕を回した。

「マイって二人きりになると甘えん坊になるよね。初めてお泊りした時はもっと受け身だったのに」

「イヤ?」

「そんな訳無いじゃん。しっかりもののマイがこんなよわよわな姿見せてくれるんだよ?」

 うう……よわよわ……確かに……。こんな姿、同じ部活のみんなには見せられない……。

「ホタル……」

「どうしたの」

「私がホタルと二人きりになるとこうなっちゃう事。部活のみんなには話さないでね」

「もちろん」

 そこからは無言でしばらくハグしていた。

 しばらくハグしていると、なんだか充電されたような気持ちになった。体中にエネルギーが満ちている。

「ホタル、ありがとう」

「満足した?」

「うん……!」

「それは良かった」

 腕が解かれる。とりあえず三日くらいは生きられそう。

 ふと気づくと、暗くなり始めていた。そんなに長い間ハグしてたっけ。

 窓の外を見ると、暗い雲が空を覆っていた。雨が降るなんて聞いてないよ。

「暗くなってきた……ホタル、もう帰る?」

「えー、もう少しマイと一緒に居たいな」

 ホタルはまだ帰りたくなさそう。

「でも雨降りそうだよ」

「アタシ折りたたみ傘持ってるよ。ほら」

 そう言ってカバンから自慢気に折りたたみ傘を取り出した。

「じゃあもうちょっとお話できるね」

 もう少しここでゆっくりしていても大丈夫か。もし雨が降ったら帰り道は相合傘……あれ、むしろ最高じゃない?

 ゴロゴロ……。

 遠くで雷の音が聞こえた。

「あ、そういえばさ、一つ聞いて欲しいことがあるんだ。今年から新しく部活に入ってきた子いるじゃん? あの子最近私に懐いてきてさ――」

「へー、そうなんだ」

 ホタルの返事は小さく、何故か震えていた。そして私の制服の裾をギュッと掴んでいた。あれ、何か悪いことしたかな。

「どうしたの? 怒ってる?」

「そ、そんな事ない――」

 ホタルが喋っている途中に教室が一際明るい光に包まれた。稲光だった。

「わっ」

 ホタルは私にピッタリくっついた。さっきまでお姉さんみたいだったホタルは、逆に妹みたいになっていた。

「あれ、雷が怖いの?」

「い、いや、そんな事……」

 ゴロゴロゴロゴロ……。

「……怖い」

 私にピッタリくっついて小さくなっているホタルはなんだか可愛いというより守ってあげたくなる感じだった。

「私がいるから大丈夫だよ」

 さっきホタルが私にしてくれたように、私がホタルの手を両手で包んだ。

「うう……ありがとう」

「雷が収まるまでは一緒に居るから」

 そう言うと、ホタルは目に涙を浮かべながら上目遣いで言った。

「マイ、この手……離さないでね?」

 かわいい……!

 なにかに心臓を撃ち抜かれたかのような衝撃だった。

 ホタルの幸せは私の幸せ。ホタルの不幸は私の不幸。最終的には雷が収まるまでずっとホタルの頭を撫でていた。

 こんなかわいい子、絶対手放さないよ。

 ホタルのこんな姿は他の誰にも言えない。そして誰にも言いたくない。私だけのものだ。今日の出来事は内緒にしておこう。

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内緒にしておこう【KAC20245】 時雨澪 @shimotsuki0723

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