はなさないで

月咲 幻詠

僕と彼女の顛末

 僕には一つ悩みがある。それは今付き合っている彼女のこと。兼ねてより彼女を欲していた僕は、大学に入って、サークルのマドンナである美奈と付き合うことができた。美奈は真面目で頭が良くて、おまけにとても美人。僕なんかにはとても勿体ないと思う程、よくできた子だ。完璧に思えた美奈だけれど、実は彼女には自傷癖があった。


 僕が最初に異変に気付いたのは、逢瀬おうせのときだった。お風呂から出てきた彼女のすらりとした体はとても綺麗で、僕はつい見惚れてしまった。けれどそこで彼女の内腿にいくつか傷があるのに気づいたんだ。


 それ、どうしたの? と僕が尋ねると、美奈は手首だとバレちゃうでしょ? と小悪魔的な笑みを返してきて、僕は何も言えなくなった。僕としては心配だしやめてほしいけれど、あんまりズケズケと指摘するのもはばかられたから。


 付き合ってから一年ほど経った頃、ベットの上で美奈は僕にこう言った。


「首を、締めてほしいの」


 僕は耳を疑った。何故?と聞くと、そっちの方が気持ちがいいからという答えが返ってきた。よく理解できなかったけれど、首の頸動脈洞けいどうみゃくどうというところを圧迫すると、脳が勝手に血圧が上昇したと判断して、今度は血圧を下げようとするから、それでクラっとくるらしい。その状態で行為をすると、途轍もない快楽が得られるんだそうだ。


 僕は少し戸惑いながら、美奈の言う通り首を締める。普段の真面目な雰囲気からは考えられないような快楽に呑まれた表情をする彼女は、まるで離さないでと言わんばかりに首を絞める僕の手を抑えた。僕はその様子を見て、心臓が跳ね上がった。自分の中で何かがおかしくなる気配を感じたのを、よく覚えている。


 それから暫くして美奈は、私の欲望を叶えてくれると僕に依存するようになった。僕も、美奈の真面目な雰囲気と、僕にだけ見せてくれる危うい美しさのギャップに惚れ込んで、彼女にどんどんと依存するようになった。


 けれど、不運なことに、僕たちは互いに依存はしても、生まれ持った気質が依存されることを好まなかった。付き合ってから3年が経った頃には、互いが互いにストレスを感じていた。けれど、愛しているのは確かで、この人以外に考えられないとも思うから、結局別れるに別れられなくなって、惰性で関係を続けた状態になっていた。


 ある日、普通の行為では満足できなくなった僕たちは、いつものように欲望のままに互いの体を貪っていた。僕は美奈と付き合っているうちに嗜虐趣味しぎゃくしゅみに目覚めてしまったみたいで、行為をしながら首を締めたり、腹を殴ったりすることで歪む彼女の顔を見ることに、この上ない快楽を感じていた。美奈も、もっともっととねだってくるので、今日は一層強く首を締める。ギリギリと音を立てて、美奈の首が締まっていく様子は、見ていて飽きない。


 互いの快楽が絡み合い、最高潮に達しようとしたその時、事故は起こった。

 美奈の首がゴキリという音を立てたきり、彼女が動かなくなったのだ。快楽の頂点で死んだのであろう美奈の顔は、今までで一番愛おしく感じた。それこそ食べてしまいたいと思う程に。


 試しに僕は、彼女の首を噛んでみた。人の肉とは案外硬いらしく、口に入ってくるのは鉄の匂いがする生暖かい液体だけだった。けれど、愛する美奈のものだと思うと、とても美味しく感じられた。


 それから僕は美奈とのことが忘れられず、女の子を家へ連れ込んでは絞め殺し、その血を啜るようになった。今日だってそうだ。苦しそうに必死にもがく女の子が僕の目の前にいる。


 けれど、満たされることは決してなかった。だって、目の前のこの子は美奈じゃないから。美奈は、こんなふうに騒いだりしないから。なんでこんなことするの?と騒ぐ女の子の首を僕は一層強く締める。


 うるさいなぁ、美奈はそんなこと言わないよ。黙ってよ。


 女の子の首はあの時のようにギリギリとまた音を立てる。


 尚も声を上げる女の子を、僕は殴ってみる。


 なんで言うことを聞いてくれないんだろう。僕はあと数回、目の前の子を殴りつけてから、また全力で首を締める。


 そうすると、女の子はやがて全身を痙攣させ、口から泡を吹いて動かなくなった。その顔は絶望に染まっていて、美奈の時のような満たされた感覚は一切湧かない。


 なんでこうなっちゃうかな。


 僕は困って頭をかいた。この子の血もあんまり美味しくない。


 やっぱり美奈が死んじゃったからって他の子に浮気しちゃったのがいけなかったのかな。会って謝りに行かなくちゃ。


 僕はおもむろに部屋の隅に座っている美奈を抱きかかえ、鞄から縄を用意する。そういえば首を締められるってどんな感覚なんだろう。気になった僕は、首を吊って死ぬことにした。


 リビングのドアに縄をくくり付けると、そこから垂れるリングに首を通す。そして、一気に脱力してみた。首吊りは思ったより苦しくて、全然気持ちよくなんかない。でもこれが美奈の好きだったことかと思うと不思議と苦しさは紛れるような気がした。


 僕はまた美奈のことを一つ知れたと満足をすると、ゆっくりと目を閉じる。傍らに、冷たい彼女を感じながら。


 ごめんね、美奈。もう絶対に離さないから。どうか、君も僕を離さないで。

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はなさないで 月咲 幻詠 @tarakopasuta125

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