はじめて

木菓子

はじめて

季節は夏、マンションの一室。

男は女にキスをした。

短い沈黙の後、女はうつむく。

「どうしたの?」

女はうつむいている。

「あれ、歯あたってたっけ?」

男は続ける。

「もしかして、初めてで恥ずかしかったとか?」


『違うよ』

女はうつむいている。

「え?」

女の口から発せられたであろうその声に、男は違和感を覚えた。

『厳密に言うと、私のファーストキスは私だね』

それは、男の知る声よりもやや低かった。

「は?」

女は口を動かし続けた。

『君の目の前にいるこの女が胎内に居た時期に私が母体内に侵入、胎児に口づけをして侵入したの』

男は後ずさりする。

『我々の種族はヒトのメスに侵入後、ヒトのオスにとって魅力的な個体になるよう成長を誘導する』

「お前、何を言って―――」

そこまで言って、男は声に違和感を覚えた。


『魅力的なメスとなった我々は社会的に優位なヒトのオスを誘引し』

男は女を突き飛ばす。

女の口は動き続けた。

『「接吻を介して侵入する」』

男は自分の口も微かに動いていることに気が付いた。


初めから。

「やめろ……」

「「まもなく時間だ」」

己の口を抑えながら男は震えた。

「や、やめ……」

女の口は動き続けた。

「「もうじきこの女は死ぬ」」

そして。

「お前は俺になる。」

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はじめて 木菓子 @kigashi35

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