「はなさないで」【KAC20245:はなさないで】

冬野ゆな

第1話

 家の近所にある狭い脇道を見て、思い出したことがある。

 小学生の頃、はなさないでね、と言われたのだ。

「ここ、お化けがいるから。はなさないでね」

 俺には、そいつの――家が近所で、幼稚園から一緒だった女の子の――言ってることがよくわからなかった。読み取れたのは、お化けがいるってことだけ。

 でも正直に言って、俺はそいつの事がそんなに好きじゃなかった。

 そりゃ幼稚園の頃は親の手前しょうがないとしても、無口で暗くておまけにデブな女だ。だいたい小学校にあがってまで手を繋ごうとしたり、話しかけてくるのがうざったかった。「話さないで」というからには、クラス中に「あいつ、幽霊見えるとか言ってたぞ」と言いふらした。殴るとしくしく泣くのが面白かったから、恰好の餌食になった。女子からも嫌われていた。

 大人になったいま思うと、「お化けがいる事を話さないで」ではなく「怖いから手を離さないで」だったのかもしれない。こんなしょうもない事を思い出したことに辟易する。でもなんだかぞっとした。どうしてこんなことを思い出したんだ?

「はなさないで」

 ぞくりとした。

 手に冷たい感触がある。

 あいつだ。

 はなさないではやっぱり「手を離すな」って意味だったんだ。なるほど、いつ死んだのかは知らないが、化けて出てくるとはなんて奴だ。俺なんか恨んでも仕方ないのに。

「バーカ」

 俺は吐き捨てて手を離した。

「はなさないでよおおおお」

 振り向いた先には、大きく開かれた異形の口があった。何列も歯が並んだ巨大な……。俺は半狂乱になって必死に逃げだし、気がつくとコンビニで朝まで震えていた。

 それからそいつがいつ死んだのか、母親に問いただすと呆気にとられた顔をされた。

「なに言ってんの、生きてるわよ! この前、旦那さんと一緒に挨拶してくれてね、それに引き換えアンタは彼女のひとつも作らずに……」

 冷たい感触は今も手に残り、俺はいまだに「お化け」の正体を突き止められないでいる。

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「はなさないで」【KAC20245:はなさないで】 冬野ゆな @unknown_winter

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