要冷蔵

sorarion914

張り込み

 もう何日。

 こうして張り込んでいるだろう……




 数か月前に起きた連続窃盗事件の捜査の為、来る日も来る日も聞き込みに回り、つい先日――ようやく容疑者と思われる男の情報を得ることが出来た。

 男の自宅や勤務先を交代で張り込み、決定的な瞬間を捕らえる。

 こういう犯罪は、現行犯で捕らえるのが一番確実なのだ。


 奴がいつ、次の犯行を行うか。


 それは奴の気分次第なのだろうが、俺たちはその瞬間を捕えるため、今日もこうして奴の行動を見張っている。


 ――の、だが……


「一向に動く気配がありませんね……」

 刑事2年目の俺は、一緒に組む先輩刑事にそうボヤいた。

「警戒してるのかもしれないな」

 先輩はそう言うと、「腹減ったなぁ」と呟いた。

「何か買ってきましょうか?」

 そろそろ昼の12時になる。

 こんな平日の真っ昼間に、犯行を犯すことはないだろう。今までの犯行は全て夜間に行われている。

 とりあえず昼間の行動確認という名目で張り込みをしているが、動きがないものを見張るのはかなりツラい。

「そうだな。この先にコンビニがあった。なんか適当に買ってきてくれよ」

 そう言われて俺は「分かりました」と言って車を降りた。

 季節は夏真っ盛り。エアコンが効いていた車内は天国だが外は地獄だ。

 俺はうだるような暑さの中、コンビニを目指した。

 ちょうど昼時。

 弁当コーナーの商品は充実していた。

 とりあえずおにぎりとお茶をカゴに入れて、ふと目についたスイーツコーナーで足が止まった。

(あ!コレ)

 この間テレビでやってた、このコンビニの人気シリーズのシュークリームで、期間限定のレア商品だ。

 売り場に並ぶと速攻で売り切れてしまうので、幻のシュークリームとも言われている。

 俺は迷った。


(どうする?)

(デザート食べる時間ぐらいあるよな?)


 ここで買わなきゃ次にいつ見つけられるか分からない。


(今日ぐらい、いいよな?)


 毎日張り込み頑張ってる自分達へのご褒美だ。

 俺はそう思って先輩の分と2つ、カゴに入れてレジに向かった。



 車に戻ると先輩が顔色を変えて俺に言った。

「急げ!奴が会社から出てきた!」

「え⁉あ――はい!」

 俺はコンビニの袋を後部座席に放ると、覆面パトカーを走らせた。

 いつもは外に飯を食いに出ることのない男が、この日は昼の休憩時に珍しく会社を出る。

「どこに行くんでしょうか?あれ、営業車じゃなくて自分の車ですよね?」

「いいか、絶対に目ぇ離すなよ!」

 助手席で先輩がそう言いながら無線で状況を知らせる。

 急に緊迫した空気が車内に流れて、俺は緊張した――と同時に、後ろに放ったシュークリームが気になった。


(今の衝撃で、潰れてないよね?)


「俺たちの裏をかいて、昼間の犯行に及ぶ可能性がある。気づかれるなよ」

「はい」

 俺は車間を保ちながら慎重に男の車を尾行した。

 男の車は閑静な住宅街に入った。その一角に車を止めて、外に出る。狙う家を物色するのかもしれない。

 俺たちも少し離れたところに車を止めて外に出た。

 エンジンを切る。

 密閉した車内。季節は夏。

 車内はきっと、あっという間に30度を超えるだろう。


(シュークリームって、冷蔵品だよな?)


「おい、何してるんだ!男から目を離すな!」

「す、すみません!」

 俺は後ろ髪惹かれる思いで先輩の後に続いた。


 一軒一軒物色する男。それを遠巻きに見張る俺たち。

 ジリジリと容赦なく照り付ける日差しに、汗が噴き出る。

「アイツ、もしかしたらヤルかもしれないな……」

 先輩がそう言うと、男が本当に留守宅と思われる家の敷地に入っていった。

「いくぞ!絶対に奴から目を離すなよ!」

「分かりました!」



 絶対に離すもんか!

 何があっても絶対、この目で犯行現場を押さえてやる!

 この数日間、この時の為に張り込んできたのだ。

 離さないでいられるさ。

 そう、いつもの俺なら――――絶対にいられる!!



 ―――はず。

 なんだけど……

 なぜか心が乱れる。






 ……あのシュークリーム。





 (後どのくらい、高温に耐えられるかなぁ……――)















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