"Mother"

川線・山線

第1話 「行かないで!帰ってきて!」

今回のお題「はなさないで」という文字を見た途端に、私の心の中に一つの曲が流れ始めた。The Beatlesが解散後、John Lennonが最初に出したアルバム、“John Lennon”の最初の曲、“Mother”だった。


第二次世界大戦後、かつての隆盛を過ぎて、徐々に活気を失っていったLiverpool、そこで生まれ育った4人のメンバーだが、その中でも「家族」という点で最もつらい思いをしたのがJohnだった。父親は、彼が生まれると間もなく姿を消し、母のJuliaは、Johnを育てられない、といって姉のMary(Aunt Mimi)にJohnを託して、これまたいなくなってしまった。Johnがある程度大きくなってきたころに、しばしば母であるJuliaはJohnの顔を見るために、姉の家を訪れるようになったが、Johnを引き取ったわけではない。そしてさらに悪いことに、彼の前でJuliaは交通事故にあい、命を落としてしまうのであった。


Paul McCartneyも、10代で母親のMaryを乳がんで亡くし、彼ら二人は音楽的なことだけでなく、「母を亡くした悲しみ」も共有して友情をはぐくんでいったそうだ。


Johnの父親は、彼がビートルズとして世界を席巻しているころに現れ、「Johnの父親」という事で金銭的にも、社会的にもそうとうJohnに迷惑をかけたらしい。後始末が大変だったと彼自身がこぼしていたそうだ。


“Mother”の最初は、重い梵鐘の音で始まる。歌詞は、母、父への決別の言葉、子供たちに伝える言葉、と続いていく。そして、”Mama, Don’t go! Daddy, Come home!”(「ママ、いかないで!パパ、帰ってきて!」)と何度も何度もJohnが絶唱(絶叫)する、という構成になっている。


アルバムが出てからもう54年になるが、彼の絶叫は今でも心に突き刺さる。


私自身には二人の息子がいる。子供たちが小さかったころ、彼らにとって、「お父さん」と「お母さん」の間に入って、二人から手をつないでもらう事は特別うれしかったことだったんだろうと思う。お兄ちゃんが僕と妻の手を取れば、すぐに弟君がやってきてその場所を取ろうとする。今度は交代して弟君の手をつないであげると、またすぐにお兄ちゃんが手をつなごうとしてくる。


子供たちが小さかったころは、そんな風にして家族で駅まで歩くのが普通だった。


もう子供たちもずいぶん大きくなったので、二人とも僕たちの手を取ろうとはしない。人生の折り返し点を過ぎてしまった僕たち夫婦は2人で手を取りながら、ずいぶん先を歩く息子たちを眺めるようになった。彼らは思う存分僕たちの手を取ったのだろう。だから「はなさないで」とも言わずに飛び立っていったのだろう。


Johnがこのアルバムを出したころは、まだ彼には、両親の手と、両親の愛が必要だったのだろう。小さな子供が泣き叫ぶように、彼は「行かないで!帰ってきて!」と叫んでいるのだ。


「はなさないで」のお題を見たときに、一番に心に走ったのは、このことであった。

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"Mother" 川線・山線 @Toh-yan

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