みーやんの秘密

尾八原ジュージ

みーやんの秘密

 一昨年から飼っている猫のみーやんが、人間みたいに喋っているところに遭遇してしまった。

 そのときの慌てっぷりといったらもう可愛いったらなかったのだがそれは置いておくとして、どうもみーやん、相手に正体がわからないのをいいことに、月に二回か三回、音声通話をしながらオンラインで対戦型ゲームをやっていたらしい。

「俺が人語を喋れるって、絶対誰にも話すなよ。いいな?」

 みーやんは野太い声でわたしを脅した。そういえばこの子、人間でいえば四、五十代のおじさんだったなということを、わたしはひさしぶりに思い出した。

「わかったよ。誰にも話したりしないから、みーやんも迂闊にオフ会とかしちゃダメだよ」

「しねーよ!」

 そう言いつつ、鋭い爪(こないだ切ったばかりなのに、いつのまにこんなトキントキンになったのだろう)をしまってくれたのでほっとした。

「あんた、前の飼い主のとこでもそうやってしゃべってたの?」

 ちょっと気になって尋ねてみた。みーやんは保護猫である。前の飼い主が急死した後、保護団体の手を経て我が家にやってきたのだ。

「たまにな」みーやんはこともなげに答えた。「ゲーム自体はもう四、五年やってっから」

「そういや上手いもんね……」

 みーやんは無課金だが、スキルで押すタイプのプレイヤーだった。

 かくしてわたしたちの間に協定は結ばれた。わたしはみーやんが喋れるということを秘密にし、みーやんはわたしに時々お腹を触らせてくれるようになった。

 だが。

「大会に出ないかって誘われちまった。ゲーム友達に」

「みーやんが? 無理では?」

「ああ……しかし、そいつ難病でな。余命がもうあと半年もないらしい。人生の最後に思い出を作りたいんだとさ」

 みーやんは悩んでいた。思っていた以上に情に厚いタイプだったのだ。しかし大会はオフライン、参加すればみーやんの正体が確実にばれてしまう。

 結局みーやんは断った。事情があって家から出られないのだと説明していた。まぁ、嘘ではない。彼は室内飼いの猫なので。

 みーやんは落ち込んだ。わたしはマタタビの枝を買ってきて、彼にプレゼントした。

「いいのかよ、こんなもの」

 みーやんはマタタビ癖が悪いのを、自分でもわかっていた。酔うと噛むタイプなのだ。

「いいよ、今日だけ特別ね」

 みーやんはダンディな声で「悪いな」と言った。

「本人だけなら会ってやってもまぁ、よかったんだけどな……」

 マタタビを齧りながら、みーやんはそう呟いた。

「そういうものなの?」

「まぁ、すぐに死ぬ奴だからな。だが大会は他の参加者やスタッフなんかもいるだろ? 全員口封じするのは骨が折れる」

 さらっと恐いことを言う。冗談だろうか? 冗談だと言ってほしい。もしもこれが本気だとすれば可愛い猫ちゃんも所詮は獣、人間とは倫理観が違う――

 酔っぱらっているみーやんは、ちょっと呂律の怪しい舌で「前の飼い主もなぁ、あいつ、しゃべりやがって」と続けた。それからわたしの存在を思い出したのか、いきなり黄色い目を見開いて「ハハッ!」と笑った。

「やべぇ。おい、今のもオフレコな。あとで肉球触らせてやるからよ」

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みーやんの秘密 尾八原ジュージ @zi-yon

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