ある魔法少女のおはなし

犀川 よう

ある魔法少女のおはなし

 その少女は折れてしまった魔法の杖を握りしめたまま手を地につけていた。たくさんの痛みや苦しみを抱えながら立ち上がろうとはしているが、戦いに疲れ切った身体はいう事を聞いてはくれない。

 人間より圧倒的に大きい黒い魔物は不気味な沈黙を保ち、空から少女を見下ろしているように見える。魔物には顔がない。黒い影のようなものがどんよりとしているだけの壁のような物体。上部が少しだけ少女を見下ろしているような姿勢になっているだけで、本当に見下ろしているのかなど、その少女にしか理解できない不気味な姿をしていた。


「お姉ちゃん。がんばって!」


 悲痛な叫び声が少女の後ろから聞こえてくる。少女はもはや動く体力もなかったが、それが自分の妹の声であることは知っている。しかし少女は振り向かない方が良いと考えているのか、無理に後ろを見ることはしなかった。――魔物との戦いに敗れ去った妹の姿がをしているのなど、想像しなくてもわかるのであろう。


「――くっ」


 地面の向かって吐血する少女。それを見た魔物は少女に戦う力が残っていないと判断したのか、ゆらゆらとしながら少女に近づいていく。

 魔物は魔法使いである少女を食べることによって成長していく。魔物にとって彼女たちは大事な食事である。抵抗しないことを確認したので、早速捕食にかかっているのだ。

 

「お姉ちゃん……」


 妹の声は掠れきっていて、もはや生命の力も魔力も感じない。少女はどうすることもできずに、頬に涙が流れる。


「ごめんね」


 自分の不甲斐なさで妹にこんな思いをさせてしまった。――自分はもう戦わない。親友の魔法使いの死によって戦う気力をなくしてしまった少女は先日、妹にそう告げてしまった。誰のために何のために戦ってきたのか。世の中のためや正義なんかのためではない。ただ、親友の笑顔のため、「悪いやつはやっつけなくちゃ」と言って誰にも理解されることもなくひとりで戦ってきた親友を、大好きだった親友をただ死なせたくなくて、気がついたら魔法の杖を握りしめていただけなのだ。

 すべてを失ってしまったと思った少女。しかし彼女にはまだ妹がいてくれた。姉のそんな姿を見た妹は、姉が再び立ち上がってくれることを信じて、姉の親友の魔法の杖を持ち出し、素人魔法使いとして過酷すぎる戦火へと飛び込んでいったのである。

 

 少女は勇気を持って後ろを振り返った。そこには魔物に切り刻まれてしまった妹と親友の魔法の杖。


「ごめんね。ごめんね」


 少女は妹に、親友に、ただ謝る。自分の弱さを自分の情けなさを涙と血で吐き出しながら、這うようにして妹に近づき、頬を優しく撫でてあげる。――ごめんね。そして、ありがとう。少女はそう言うと、折れた心と杖を投げ捨て親友の形見を握りしめる。そして、それを支えとしてもう一度立ち上った。


「もう、くじけない!」


 少女の全身から青白い光が広がる。繊細な色をしてはいるが密度と温度が非常に高い魔法エネルギー。それはどんどんと膨れ上がり、やがて少女の持つ杖の先端にある水晶へと集約される。


「いっけえええええ」


 杖を振りかざすと、魔物に向かって高エネルギー体がビームのように一直線に放たれる。魔物は自らの危険を察知して回避しようとしたが遅かった。少女のすべてを籠めた魔法は魔物の中心を突き抜けると、魔物は低く大きな吠え声をあげながらバラバラになっていく。黒い影が板のようなものに分解され、大量のそれらが地に落ちると激しい音を立てながらさらに四散していった。やがて、それらすべてが落ちきったのを見た少女は、魔物に勝ったことを確信する表情を浮かべた。


「ありがとう」


 すべてが終わり、妹の亡骸に近づき膝を折って今までの感謝と天国への旅の無事を祈った。そして少女は握りしめている親友の杖を見ると、ほんの少しだけ微笑んでしまうのであった。――まるで親友があの笑顔で、「もうはなさいでね」と言っているかのように、杖の先端の水晶が春の日差しのごとき眩さで輝いていたのだ。


(おしまい)

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ある魔法少女のおはなし 犀川 よう @eowpihrfoiw

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