うちには雪男の女の子がいます

清水らくは

はなさないで


 うちには雪男の女の子がいます。

 全身が真っ白いフワフワの毛に覆われていて、とてもきれいです。でも、うちにやって来た時は少し汚れていました。怪我もしていて、とても痩せていました。お父さんが山で見つけた時、そばには大きな雪男が二人、死んでいたそうです。たぶん、両親です。

「ねえ、名前は何て言うの?」

「……?」

 雪男の女の子は首をかしげます。雪男だから話せないのか、まだ子供だからか、わかりません。勝手に名前を付けてはいけない気がしました。家族はみんな「雪男の子」と呼びました。

 雪男の子はどんどん元気になっていきました。お父さんが山に返そうとしましたが、離れようとしなかったそうです。雪男の子はうちに居続けることになりました。

「決してうちに雪男の子がいることは誰にもはなさないでね。とっても珍しいから、見つかったら連れていかれるわ」

 お母さんがそう言ったので、私は絶対に話さないでおこう、と思いました。



 あるとき、お父さんは山の木をいっぱい切りました。そこで新しい野菜を育てるらしいです。種や肥料をいっぱい買いました。

「この前来た人が教えてくれてね。今からすっごく売れる野菜だって。お金持ちになったら、温かいところに引っ越そう」

 お父さんが楽しそうに言います。私はずっとここでもいいのにな、と思いました。

「雪男の子にごはん持っていく!」

 私はパンの入った籠を手にして、裏の小屋に走ります。雪男の子はもう私よりずっと大きくなってしまって、家の中にはいられないとのことです。あと、毛の掃除が大変で、突然見回りの人が来た時に、隠し通せないかもしれないらしいです。

 寂しくないように、時間があったら雪男の子のところに居られるようにしています。いっぱいの毛をくしでとかしてあげます。いっぱい話しかけます。雪男の子は全然しゃべろうとしないけど、いつか言葉を覚えるんじゃないかと思って、いっぱい話します。



「雪男の子とははなさないでね」

 ある日、暗い顔をしたお母さんが言いました。困っている私に、お父さんも口を開きます。

「もしあいつがしゃべり始めたら、周りの人に気づかれるかもしれない。だから、言葉を覚えさせちゃいけないんだ」

 私は悲しかったけど、言う通りにしました。雪男の子が連れていかれるのが嫌だったからです。いつものように小屋に行って、雪男の子とずっと黙って一緒にいました。

 なんだか悲しくて、胸がもやもやして、眠れませんでした。今まで経験したことがないくらい遅くまで眠れなくて、水が欲しくなりました。

「もう、あいつを売るしかない」

 居間に行こうとしたら、お父さんの声が聞こえてきました。夜更かしを怒られたくなくて、扉を開けませんでした。

「そうね。あなたがあんな変なことに手を出しさえしなければ」

「ちゃんと育ったら大金が手に入るはずだったんだ。ほとんど枯れてしまうだなんて……」

「明日役場の人が近くに来るらしいわ。そこで話をしましょう。生きた雪男なんて珍しいもの。きっと高く買ってくれる人がいるわ」

「そうだな」

 私は扉を開けないまま、自分の部屋に戻りました。怖くて、いっぱい泣きました。まったく眠れなくて、のどがカラカラになりました。



「逃げよう」

 小屋に行って、久々に雪男の女の子に話しかけました。首をかしげていました。

「あなた、売られてしまうの。サーカスか、お肉屋さんか、とにかく全然楽しくないところに。だから、逃げなきゃ」

 私が右手をつかむと、雪男の子が笑った気がしました。

「あなたが見つかった森だと、探しに来ちゃうかもしれない。もっと遠い遠いところまで逃げよう」

 ぎゅっと、握り返してくる力を感じました。私はもう、一緒に逃げる気満々でした。

「絶対に手をはなさないでね」

 小屋を出ると、雪が降り始めていました。吹雪になったりしたら大変。早く逃げないといけません。

「何してるんだ!」

 お父さんの声でした。

「今から一緒に逃げるの」

 私は精一杯頑張って、言いました。本当はもう、心が折れています。

「何を言ってるんだ。……そうか、聞いてしまったのか」

「……」

「わかってくれ。その子とはいつか離れる運命だったんだ。それが今ってだけだ」

 私は、左手に力を入れました。離したくない。絶対に、離れたくない。でも、それじゃダメ……。

「逃げて。一人で、ね」

 私は手を離した。雪男の子は、大きく首をかしげた。

「逃げて!」

 一瞬とても悲しそうな顔をして、そして雪男の女の子は「うん」と言って、駆け出しました。お父さんは追いかけたけれど、雪男の子はとても足が速く、あっという間に見えなくなりました。



「お嬢ちゃん、雪男が行きそうなところに心当たりはないかい?」

「……」

 役場の人の質問に、私は何も答えませんでした。絶対に何も、はなしません。役場の人は、深いため息をつきました。

 雪が激しくなっていました。もう彼女に、パンをあげることはできません。白い毛を触ることもできません。そして私は多分、もう両親に笑顔を見せることもできません。

 私は自分の左手を見つめました。手をはなしたのは正しかったと、ずっと自分に言い聞かせました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うちには雪男の女の子がいます 清水らくは @shimizurakuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ