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 茫洋とした闇の中で、朔弥は目を開けた。辺りを見回しても、なにも見えない。自分の姿さえも、分からない。意識の輪郭も曖昧で、体の感覚もない。

 遠く、近く、こだまするように声が響く。

御統みすまるは、まだ見つからぬのか」

 あぁ、これは、北條満勝の声だ。

まつられていたらしい場所はあったのですが、中はからで……」

 こちらは満雅の声。

「どこか別の場所に隠したか、あるいは、御統を持って逃げた者がいるか……やしきの者たちの死体は全て調べたのか?」

「はい。誰も御統をたずさえてはおりませんでした」

 ただ……と、満雅は声を低める。

「南條家の者で、一人だけ、まだ見つかっていません。幼子おさなごですが……南條朔弥の息子です」

 今、家臣総出で、敷地内を捜索しています。

「息子に御統を託したか。外には出ていないはずだ。どこかに隠れているのだろう。夜明けまでに、なんとしても探し出すのだ」

 満勝の命令が冷たく響く。

 真尋。

 真尋は無事なのか。

 闇の中、なにも見えない。

 ただ、四方八方に散る足音が、重なり、こだまし、さんざめく。

 行かせない。

 行かせるものか。

 守らねば。

 真尋を。

 朔弥は手を伸ばす。

 体の感覚はない。輪郭もつかめない。

 それゆえに、、朔弥は

 真尋。

 まひろ。

 どこにいる?



+



 月明かりが、皓々こうこうと射している。青い月光の下に、赤い血だまりが広がっている。赤にこくした青の情景。まるで、南條を下した北條を表したようだと、満勝は笑みを浮かべた。

「……長かった」

 南條を打倒することは、満勝の悲願だった。

 皆に頼られ、称賛される南條を、折々目の当たりにしてきた。陽だまりの中心に立つ南條を、常に日陰でうらやんでいた。上におもねり、北條を取り立ててもらえることがあっても、南條はいつも、その上を行った。

 さらに満勝が我慢ならなかったのは、南條が北條を、なんら特別視することなく、他家の者――自分たちより遥かに格下の家の者たちと、平等に相対していたことだ。北條など敵ではないということかと、満勝は怒りを募らせていた。

 それも、全て、今日で終わりだ。

 北條は南條を滅ぼした。北條が、南條を、ついにこくしたのだ。

 そして今宵、御統みすまるを手に入れ、北條が巫覡ふげきの頂点に立つ。

 満勝の喉の奥から、笑い声が漏れる。

「きさまの息子の命が終わるのも、時間の問題だ。南條の血は絶える」

 血だまりに沈む朔弥の死体を、満勝は冷笑とともに一瞥した。

 その瞳に、ふと、怪訝の色が浮かぶ。

 朔弥の周囲の景色が、刹那、陽炎かげろうのように、揺らめいたように見えた。

 気のせいかと、満勝が瞬きをしたとき――

「っ……な……」

 朔弥の体から、不意に、黒い影が立ち上った。

 それは瞬く間に黒煙のように膨れ、満勝にせまる。

 とっさに防御の印を結び、満勝は後ろに飛び退すさる。しかし、うごめく影の一部は術の盾を破って満勝に届き、かすめた腕に焼けつくような痛みが走る。

 焦げた衣。ただれた皮膚。肉は所々黒く腐り落ち、焼けた骨が覗いている。

 満勝のひたいに、苦痛と焦燥の汗が浮かぶ。

「……これは……」

 満勝は、愕然と瞠目した。

 怨霊だ。

 南條朔弥の魂が、怨霊になった。

 すめらぎに取り憑いている上皇の怨霊など比べものにならない。

 息を呑み、満勝は後退あとずさる。

 南條朔弥が怨霊となる――その可能性を、満勝は、もちろん、考えていた。だが、通常、死者から怨霊が生まれるまでは時間がある。たとえ朔弥が怨霊になっても、その頃には北條は御統みすまるを手に入れているはずで、容易たやすく鎮められると思っていた。

 背筋が一気に凍りつく。戦慄し、満勝は逃走する。

 早く、はやく、御統みすまるを手に入れなければ――

 だが、満勝の足が、ふすまの敷居を越えることはなかった。

 大きく膨れ上がり、天井も越えて高く上った朔弥の怨霊が、一気に雪崩なだれ、津波のように巨大な影の波となって、四方八方に広がっていく。

「くっ……来るなぁ……っ!」

 押し寄せる影が、満勝の体を呑みこむ。

 悲鳴を上げる間もなく、満勝の体は腐肉となって崩れていった。

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