1-4-4
茫洋とした闇の中で、朔弥は目を開けた。辺りを見回しても、なにも見えない。自分の姿さえも、分からない。意識の輪郭も曖昧で、体の感覚もない。
遠く、近く、こだまするように声が響く。
「
あぁ、これは、北條満勝の声だ。
「
こちらは満雅の声。
「どこか別の場所に隠したか、あるいは、御統を持って逃げた者がいるか……
「はい。誰も御統を
ただ……と、満雅は声を低める。
「南條家の者で、一人だけ、まだ見つかっていません。
今、家臣総出で、敷地内を捜索しています。
「息子に御統を託したか。外には出ていないはずだ。どこかに隠れているのだろう。夜明けまでに、なんとしても探し出すのだ」
満勝の命令が冷たく響く。
真尋。
真尋は無事なのか。
闇の中、なにも見えない。
ただ、四方八方に散る足音が、重なり、こだまし、さんざめく。
行かせない。
行かせるものか。
守らねば。
真尋を。
朔弥は手を伸ばす。
体の感覚はない。輪郭もつかめない。
それゆえに、全ての方角に、朔弥は腕を広げた。
真尋。
まひろ。
どこにいる?
+
月明かりが、
「……長かった」
南條を打倒することは、満勝の悲願だった。
皆に頼られ、称賛される南條を、折々目の当たりにしてきた。陽だまりの中心に立つ南條を、常に日陰で
さらに満勝が我慢ならなかったのは、南條が北條を、なんら特別視することなく、他家の者――自分たちより遥かに格下の家の者たちと、平等に相対していたことだ。北條など敵ではないということかと、満勝は怒りを募らせていた。
それも、全て、今日で終わりだ。
北條は南條を滅ぼした。北條が、南條を、ついに
そして今宵、
満勝の喉の奥から、笑い声が漏れる。
「きさまの息子の命が終わるのも、時間の問題だ。南條の血は絶える」
血だまりに沈む朔弥の死体を、満勝は冷笑とともに一瞥した。
その瞳に、ふと、怪訝の色が浮かぶ。
朔弥の周囲の景色が、刹那、
気のせいかと、満勝が瞬きをしたとき――
「っ……な……」
朔弥の体から、不意に、黒い影が立ち上った。
それは瞬く間に黒煙のように膨れ、満勝に
とっさに防御の印を結び、満勝は後ろに飛び
焦げた衣。
満勝の
「……これは……」
満勝は、愕然と瞠目した。
怨霊だ。
南條朔弥の魂が、怨霊になった。
息を呑み、満勝は
南條朔弥が怨霊となる――その可能性を、満勝は、もちろん、考えていた。だが、通常、死者から怨霊が生まれるまでは時間がある。たとえ朔弥が怨霊になっても、その頃には北條は
背筋が一気に凍りつく。戦慄し、満勝は逃走する。
早く、はやく、
だが、満勝の足が、
大きく膨れ上がり、天井も越えて高く上った朔弥の怨霊が、一気に
「くっ……来るなぁ……っ!」
押し寄せる影が、満勝の体を呑みこむ。
悲鳴を上げる間もなく、満勝の体は腐肉となって崩れていった。
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