1-4-2
夜。真尋は夢をみた。
闇の中、真尋は独りで立っている。辺りを見回しても、暗くて何も見えない。
ただ、赤い光が、真尋の頭上に広がっている。桜だ。それ自体が発光し、満開に咲き誇っている。音もなく静かに、緋色の光の花が、降る。
「父上」
寂しさに駆られて、真尋は呼ぶ。
けれど、何度、呼びかけても、返事はない。
「母上」
呼びながら、真尋は駆ける。
けれど、どれだけ進んでも、景色は変わらない。
どこまでも広がる闇と、降り続ける緋色の桜。
舞い落ちる光の花は次第に数を増し、真尋の視界を阻むほどになっていく。
ふと、花の一片が、真尋の肩を
上掛けを
胸の音は、まだ大きく、早鐘を打っている。障子を透かして、
そっと部屋を出る。夜冷えの寒さに身を縮めながら、父の寝所に向かう。今夜は、もう到底、独りで眠れそうにない。父に頼んで、一緒に寝てもらおうと思った。
+
夜が更け、
気のせいか、外の空気に違和感を覚える。
寝所を出て、縁側へ向かうと、先に来ていた灯子と行き合った。
「そなたも……」
「ええ。……なんだか、胸騒ぎがして」
灯子は不安げな瞳で朔弥を見上げた。無意識に
この土地の神が荒ぶる前兆だろうか……しかし、それとは少し、感覚が異なる。
「父上……? 母上も……?」
反対側の廊下から、真尋も小走りに、こちらへ向かってくる。
「どうした? 真尋」
朔弥に飛びつき、しがみついた真尋の背に、朔弥は、そっと手を当てる。
「……夢をみたのです」
「夢?」
「はい。……とても、怖い、赤い夢」
朔弥の衣に顔を埋めたまま、くぐもった声で、真尋は答えた。その言葉に、朔弥は形の良い眉を
はっと視線を上げ、朔弥は庭の先、西の垣のほうを見遣った。
「っ、下がれ!」
とっさに灯子と真尋を抱きかかえ、板戸の陰に庇う。
垣の向こうから放たれた幾本もの矢が、今しがた立っていた縁側を貫き、障子を破り、板戸に突き立つ。
それを皮切りに、門を破り、武装した私兵が一斉に邸へと流れこんできた。
「朔弥様……っ!」
使用人たちが駆け寄ってくる。一早く状況を察し、武器を携えて。
素早く身を起こし、灯子を支えながら、朔弥は言った。
「北條家の者たちだ。私が時間を稼ぐ。そなたは真尋と
朔弥の言葉に、灯子は何か言いたげに瞳を揺らしたが、ぐっと堪えて気丈に
灯子と真尋を、朔弥は刹那、抱きしめる。
「……無事で」
短く願いを託し、身を離す。護衛一人と共に、灯子は真尋を連れ、邸の反対側へと向かった。何度も朔弥を振り返りながら、真尋も手を引かれていく。
見知った顔を、その中に見つける。
「北條家の当主が、なぜ、このようなことを」
北條満勝。その隣にいるのは、長男の満雅。
「今宵、南條は、
満勝が告げる。朔弥は袖の陰で、
「……狙いは御統か」
剣を抜く。北條を見据える朔弥の瞳には、静かに燃える熾火のような、固い決意が灯っていた。
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