四
1-4-1
誰が望むや 舞ふ緋ぞ悲しき
夜風に乗って、梅の香が、ほのかに流れてくる。
口の広い、純白の大きな
父に続いて、廊下を歩く。父と母と真尋しか立ち入らない、
水瓶を抱えなおし、真尋は一歩、前に進む。真尋の巫力に反応して、光は、より強くなった。水盤の底には、五色の勾玉を環状に連ねたものが、静かに
清めの水を、そっと水盤に注ぎ入れる。日に二度、水を入れ替え、
「
儀を終え、元来た廊下を歩きながら、真尋は尋ねた。
御統は、ひとつひとつの玉が、神の
「御統が使われないように戒めるのも、私たち南條家の務めだ、真尋」
父は静かに答えた。真尋は眉根を寄せ、首を傾げる。
「強い力で、たくさんのことができるようになるのは、良いことではないのですか?」
「できるからといって、して良いこととは限らない。私たちは神ではないし、巫覡である前に、人の身だ。人として生きる以上、人の道を外れてはいけない」
「……難しいです」
でも……と、真尋は少し考えて、続けた。
「御統を使いたくなるようなことが起こらないのが、幸せで、それがずっと続けば良いのにと、思います」
真尋の言葉に、父は目を細め、真尋の頭を撫でた。
「そうだな……切なる願いは、人の力では叶わない、絶望から生まれるものも多い」
+
咲き始めた
朔弥に送る
彼とは、もう友人ではいられない。
だが、一言、謝りたいと、思った。
「……なんだ……?」
庭の向こう、本殿の側が
「……これは、一体……?」
広間に、武装した家臣たちが、続々と集まっていた。
ただならぬ雰囲気に、満継は
「ここにいたのか、満継」
不意に、横から声がかかった。父だった。その後ろに、兄も控えている。
「父上……これは、何が起きているのですか? 何を、なさろうとしておられるのですか?」
嫌な予感がした。今まで薄々と感じていた、一族の野心の炎。いつか、こういう日が来るのではないかと、考えたことがないと言えば噓になる。だが、そんなことが起こるわけがないと、心の中で打ち消していた。信じていた。信じていたかった。
「下剋上だ。我ら北條の悲願を、ついに
口角を上げ、父が告げる。恐ろしい可能性から目を
立ち
「おまえにも、挽回の機会をやろう、満継」
「この
父の言葉が、巨大な
茫然と見開いた目で、満継は剣を見つめる。言葉は出なかった。声も出なかった。喉が
この剣を取れば、父に認めてもらえる。
兄にも、見直してもらえる。
この剣を取れば。
朔弥を殺せば――
「……満継」
父の顔から、笑みが消えていく。
失望と諦めの陰に、沈んでいく。
満継の手は、動かなかった。
「……満雅」
満継から視線を外し、父が短く兄に命じる。
「事が済むまで、これを蔵にでも放りこんでおけ。邪魔をされては面倒だ」
「はい」
兄が淡々と
「っ、あ……」
「……兄上……父上……っ」
こんなことは間違っていると、考え直してほしいと、
だが、背を向けた父は振り返ることなく、連行する兄の足も止まりはしなかった。
奥歯を噛みしめ、顔を伏せる。肩を震わせ、身を
「最後にひとつ、兄弟のよしみで選ばせてやろう。天窓の格子が外れた蔵に入れてやる。……だが、蔵の外に出たなら、おまえは、もう、北條の人間ではないと思え」
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