1-3-5
見頃となった梅の花が、降り注ぐ雨に
人払いをした満勝の部屋。ゆらめく灯台の炎が、満勝と満雅、ふたりの影を壁に描く。
「……まさか、
閉じた扇を額につけ、満勝が口を苦く歪める。
上皇は、皇の異母兄で、数年前に勃発した内部抗争に敗れ、都を追放されていた。配流先で崩御し、怨霊になったのだ。怨みは強く、
家の名を上げる好機だと喜び勇んでいた北條家は、一転、力不足を
やはり、北條ではなく、南條を頼らなければ駄目か――その言葉が放たれるのを、満勝は何よりも恐れていた。
「なんとしても、清めの術を成功させなければならない」
満勝が額の汗を拭う。
灯台の炎が、刻一刻と、焦燥の時間を燃やしていく。
「……父上」
押し黙っていた満雅が、何かを思いついたらしく、眉を上げて口を開いた。
「神具を使えば、あるいは……」
「っ……禁制の神具か」
満勝が視線を上げる。
見開かれた満勝の瞳を見つめ返し、満雅は
「はい。……
「御統を使えば、どんな巫術も可能になると聞きます。ともすれば、南條の巫術があれだけ強力なのは、ひそかに御統を使っているからかもしれません」
これを機に、南條から御統を奪い取ることはできないか。
「……たしかに、かねてより私も、御統を我が北條のものにしたいと思っていた。問題は、どうやって手に入れるかだが……」
「満継に命じて、盗ませましょうか。あれは、南條家の当主の友人らしいですから、邸の中にも入りやすいでしょう」
「いや、駄目だ。あの当主……南條朔弥は侮れない。
いくら優秀な家臣に恵まれたとはいえ、たった十五で当主になり、約十年、なんの綻びも出すことなく、南條家の、ひいては巫師の頂点に君臨している。柔和な顔をして、油断できない相手だ。
「……皇に取り憑いているのが上皇の怨念だと知っているのは、まだ父上と私だけですよね」
視線を巡らし、満雅は、ひときわ声をひそめて言った。
「南條に、皇の呪殺を図った嫌疑をかけることは、できないでしょうか」
南條家の当主が罪人となれば、御統は、順当に、北條家に委ねられることになるだろう。南條による
揺らめく炎に、満雅の瞳が
「……さらに確実な方法がある」
閉じた扇の先を顎に当てる。額がつくほど満雅に顔を近づけ、満勝は
「南條に嫌疑をかけ、捕えさせたところで、申し開きをされてしまうかもしれぬ。全く忌々しいが、いくら根回しをしても、南條への信頼は、簡単には損なえない。南條を信じる者は多いだろう。調べが入り、真実が明るみになっては、終わりだ。ここは我らだけで完結するように計らうのが得策だ」
嫌疑をかけたまま、南條の口を封じる。
「どうやって……?」
尋ねた満雅に、満勝は答えた。
「南條が
巫力では
どれだけ強い巫力があっても、魂を鎮め清める巫術で、人は殺せない。
殺すのは、武術だ。
「一族を動員し、南條の邸を包囲する。南條に、外へ助けは呼ばせない。袋の鼠だ。そうなれば、多勢に無勢。南條は我らの手に落ちる」
「南條を滅ぼし、御統を手に入れ、我ら北條が頂点に立つときが、ついに来るのだ」
扇を広げ、父が笑う。
目を細め、父を見つめながら、満雅は胸中に憐憫が広がるのを感じていた。
父に命じられるままに、一族の地位を上げるために尽力してきた。
だが、本当に、二番手では、いけなかったのだろうか。
同じ巫覡の一族として、南條と盟友になる道は、なかったのだろうか。
神を祀り、魂を鎮め、
神に仕える身であるというのに。
人の地位に
北條は、ここまで堕ちた。
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