1-3-2
日ごとに春めいていた空が一転、
北條家の本家に、満雅は呼ばれた。当主である父――満勝の部屋の
「急ぎの用件と、
「ああ。喜べ、満雅。好機の知らせだ」
「
「はい」
満雅は
「
「っ、それでは……!」
思わず顔を上げた満雅に、満勝は笑みを深めて頷く。
「正体こそまだ知れぬが、皇の御身を
皇にかけられた呪を清め、ご快復なされば、北條の名は一気に持ち上がる。
「必ず成功させるぞ」
「はい、父上」
鋭い眼光で笑う満勝に、満雅は目を伏せ、一礼した。
父の部屋を出ると、
「申し訳ありません……私も父上にお話があって……立ち聞きするつもりは……」
慌てて弁明しながらも、満継の目には、仄暗い嫌悪の影が差している。冷ややかに見下ろしながら、満雅は微かに笑った。
「
口の端に自嘲めいた苦さが浮かぶのを、満雅は扇でさりげなく隠した。満継の脇を擦り抜け、淡々と廊下を歩いていく。物言いたげな満継の視線を背中に感じたが、満雅は振り返らなかった。
当主である父から能無しと見なされ、
いっそ、弟が、巫力を全く持たずに生まれていれば良かったのに。巫力を持たぬ者として、文官や武官の道に進めれば良かったのに。巫術を僅かながらでも使えるせいで、巫師の道を諦めることもできない。弟が、人一倍、修練を重ねていることを、知らない兄ではなかった。
満継は満雅にとって、呆れるほどに愚かで、憎むほどに羨ましく、憐れむほどに愛しい弟だった。
+
冷たい雨の降る朝、南條の
「すまない、真尋。少し、行ってくる」
すっと背筋を伸ばし、穏やかでありながら凛とした雰囲気を
朝廷の人間以外が、仕事のことで邸に来るのは珍しい。しかも急な来訪だ。
何事だろう……。
父の背中を追いかけて、真尋は、こっそり、客間に向かった。
足音を忍ばせて、
「身の程を
年かさの男の声が聞こえた。真尋はよく知らないけれど、一族以外の人々の中で、南條家と北條家のどちらを支持するか、割れているらしい。
「私は構いません。そもそも、盟友になるならともかく、対立するための派閥など、私は無用と考えています。助けが必要なら、派閥の垣根に
父が鷹揚に微笑んで答える。話を聞かせてくださいと促され、男は平伏しながら口を開いた。
「末の娘が、ここしばらく
緊張と恐縮に声を震わせながら、男は話した。
「……承知しました」
部屋に満ちる張り詰めた空気を、父の静かな声が、ふっと緩める。
「家臣を派遣するまでもない。よろしければ、今から私が伺いましょう」
さらりと出された提案に、男が驚愕の声を上げる。
「そ、そんな……っ、当主様に、ご足労いただくわけには……っ」
「幸い、今日、私の体は
黒の上衣の内に
それなのに父は、必要とあらばそれを脱ぐことも構わないという。まして自分のためではなく、相手のために。
「い、いえ! それはさすがに、申し訳が立ちませぬ……!」
男が
「では、すぐに伺いましょう。ご息女が今この時も苦しんでおられるのです。親として、こうしている間もさぞ時間が惜しいでしょう」
真尋は急いで柱の陰に隠れた。
しかし父には見通されていたようで、
「真尋」
柔らかな声で、呼ばれた。そこに咎める色はなく、おずおずと柱から顔を出した真尋に、父は微笑みながら言った。
「そういうわけだから、他言無用だ。少し私用で出てくると、皆には伝えておいてくれ」
ひらりと衣を
見送りながら、真尋は唇を引き結ぶ。
父のようになりたいと、心から思った。
父の背中は真尋にとって、憧れであり、
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