三
1-3-1
絶たるとも 惜しからざりし 玉の緒も
陽の明るさに誘われるように、梅の花が、一輪、また一輪と、咲き始めた。陽は日ごとに長くなり、風は温かく穏やかで、春の扉をもう間もなく開こうとしていた。
ふわり、と刹那、真尋を中心に風が立ち、次の瞬間、札は音もなく二つに裂け、燃え上がり、消し炭となって崩れていった。
「……っ、できました! 父上!」
真尋が、ぱっと笑顔を咲かせて振り返る。後ろで見守っていた父が、目を細めて大きく
「真尋は頑張り屋さんだな」
努力の成果を褒めてもらえるだけでなく、その過程も認めてもらえる。それは、真尋にとって、とても嬉しく、幸せなことだった。真尋の修練を、父は時間の許す限り見ていてくれる。真尋が上手くできなくても、励ましや助言こそすれ、怒ったり叱ったりすることは一度もなかった。だから真尋はどんどん挑戦できたし、父の前で緊張こそすれ、失敗を恐れて萎縮することなく伸び伸びと実力を発揮することができた。
「真尋は、いつか、私を超える巫者になるだろう」
真尋の頭を撫でながら、父が言った。
「本当ですか?」
真尋は大きな瞳を
「父上に追いつけますか? 並び立てますか?」
「ああ。このまま修練を重ねていけば、必ず」
微笑んだまま、父は静かに
「ふたりとも、そろそろ
母の声が、軽やかに響く。
父とふたりで
「昼餉の後は、剣術の稽古だな」
「……はい」
元気良く返事をしたつもりだったが、少し間ができ、尻すぼみになってしまった。真尋の心中を読み取ったのだろう、父が小さく苦笑する。
「剣術は苦手か」
「……はい」
それが、技量的な意味ではないことも、父は分かっているのだろう。
「……神や魂を鎮め清める巫術と違って、剣術は……人の体を傷つけ、痛めつけるものです。稽古で木剣を振るうときでさえ、私は……人の体を打ち据える度、手が震え、背筋が寒くなります。こんなことではいけないと思うのに……いつか木剣ではなく真剣を握り、人を斬ることを思うと、体が拒んでやまないのです」
胸の内を、真尋は正直に、父に打ち明けた。逃げ出したいのではない。向き合い、克服しなければならないと思うからこそ、苦しかった。
真尋の言葉を、父は最後まで、途中で声を挟むことなく、静かに聞いていた。
繋いだ手も、離さないでいてくれた。
「真尋」
一呼吸、数えた後に、父は、ゆっくりと口を開いた。
「私も、かつて、全く同じことを考えたことがある」
「……父上も……?」
「ああ。私も、巫術と違い、剣術は苦手だ」
その言葉に、真尋は驚いて父を見上げた。父が家臣の誰かと手合わせをしているのを今まで何度か見たことがあるけれど、苦手どころか、父に
「……父上は、どうして……?」
繋いだ父の手を、きゅっと握って、真尋は尋ねた。
父は穏やかな瞳で真尋を見下ろし、静かに答えた。
「自分のために強くなることは、私には難しかった。誰かを害し、傷つけてまで、生きたいと思えなかったからだ。私が、独りで、何も持たないままであったなら、いつ誰に殺されても構わなかっただろう。この手に
だが……と、そこで父は一度、言葉を切り、真尋の手を握り返して、続ける。
「守るべきものが、私にはあった。……守るべきものができたと、言うべきか……そのためなら、私はいくらでも剣を振るえると、心に決めることができたのだ」
「守るべきもの……」
「ああ。……たくさんな」
父は微笑んだ。
「当主として、一族を守りたいと思った。夫として、妻を守りたいと思った」
そして……と、木漏れ日のような優しいまなざしを、真尋に向けて、
「父として、子を守りたいと、思った」
当主となり、夫となり、父となり……大切なものが増えていった。多くのものを守るには、それだけ強く在らねばならなかった。
「守りたいものがあるというのは、幸せなことだ。誰かのために生きたいと思えば、自分の命も大切にできる。守りたいものを守れるなら、私は自分の命など惜しくはないが、それは言い換えれば、守りたいものを守るために生きたいということだ。生きたいと思えるほどに大切な存在がある……それ以上の幸せを、私は知らない」
優しい声で語る父の言葉は、温かな春の雨のようだった。ゆっくりと真尋の胸に沁みこみ、幼い心の種を、そっと芽吹かせ、育てていく。
「……私も……」
父の瞳を、真尋は真直ぐに見つめ返した。
「父上と母上の子として、父上と母上を守りたいです。これから生まれてくる弟妹を、兄として守りたいです。そして、いつか、父上の跡を継いで、一族を守りたいです」
真尋のまなざしに、父は眩しそうに目を細めた。
こころなしか、どこか哀しげな色をした微笑だった。
「頼もしいな」
大きく温かな
「願わくは、
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