「話さないで」と言われたら
烏川 ハル
「話さないで」と言われたら
「ちょっと一般論として聞いてみたいんだが……」
「どうした、
大学の食堂でランチの最中だった。
一緒に食べていた友人が、深刻そうな表情で呟きながら、食事の手を止める。
釣られるようにして、俺も箸を止めるほどだった。
口では「ちょっと一般論として」と言っているが、漠然とした議論をしたいような態度ではない。何か個人的な悩みを抱えているのは、誰の目にも明らかだった。
「いや、心配事ってほどじゃないんだが……」
「勿体つけずに早く言えよ」
「ああ、それじゃ言うけど……」
少しイラついて急かすと、山辺はようやく肝心の話題に入り始めた。
「……デートの最中にさ。相手の女の子から『話さないで』って言われたら、お前ならどうする?」
「なんだよ、ノロケ話かよ。くだらねえ」
俺は山辺の言葉を遮る勢いで、吐き捨てるような言い方で即答する。わざとらしく「チッ」と舌打ちするような仕草付きだ。
軽く肩をすくめてみせながら、食事も再開。里芋の煮っ転がしが、箸でつまんだまま宙に止まっていたので、それを口に運んだ。
ちょうどよい甘辛具合が、舌の上に広がる。安っぽい味付けではあるが、俺のお気に入りだ。
自然に頬が緩みながら、改めて山辺に視線を向けると……。
彼はまだ険しい顔をして、手も止まっていた。「食事も喉に通らない」という言葉が、俺の頭に浮かんでくる。
少しは真面目に答えてやらねば悪いだろう。そんな気持ちになって、彼の会話に乗ってみた。
「『話さないで』っていうなら『誰にも内緒』みたいな、何か秘密の話があるんだろ? お前とのデート自体、友達には秘密にしておきたい、みたいな」
だとしたら、こうして山辺が俺に話しているのは、彼女の頼みを裏切っていることになるのだが……。
「いや、そういう意味じゃないと思う。俺は一瞬、その場で『何を?』と聞こうとして、でも躊躇したんだ。だって……」
最初は「ちょっと一般論として」と断っていたくせに、ここに来て「俺は」と言い出した。とはいえ、まあそこは予想通りなわけでもあり、俺は敢えて指摘せずに聞き流す。
「……もしかしたら『今、何も話すな。一言も口をきくな』の意味の『話さないで』かもしれないだろう?」
「おいおい、デート中の出来事なんだろ? ずっと二人とも黙ったままなんて、そんな気まずいデート、ありえないだろ!」
つい声を荒げて叫んでしまった。
それほど強く「ありえない」と思ったからなのだが、大声での「デート」発言は目立ったらしい。隣のテーブルの女子たちがクスクス笑いながら、俺たちの方にいわくありげな視線を向けてきた。
それに気づかないのか、あるいは気にしていないだけなのか。いずれにせよ、山辺は平然と話を続けていた。
「いや、彼女は凄く寡黙なタイプでさ。おしゃべりを楽しむというより、ただ二人で一緒にいる空気感が好き……みたいなタイプ」
「二人の間に言葉はいらないとか、黙ったままでも通じるとか、一緒にいるだけで幸せとか。そんな感じか?」
「そうそう、そんな感じだと思う。だから彼女に合わせて、俺もデート中、いつも黙ったままで……」
「じゃあ『お前ならどうする?』も何も、最初から結論は出てるじゃねえか」
「まあ、そうなんだけどさ。だけど、本当にこれでいいのかな、って疑問も少し……」
「なんだよ、やっぱりノロケ話かよ! くだらねえ!」
親身になって心配して損した。そんな気持ちを叩きつけながら、俺は昼飯の残りを、ガツガツと貪り食うのだった。
後日。
天気の良い日曜日に、駅前の大通りを歩く山辺を見かけた。
ちょうどデート中だったらしい。お嬢様っぽい服装で、ショートカットの女性が一緒だった。彼女こそが、先日話題にしていた相手なのだろう。
俺は敢えて近づかないようにして、遠くから見守るだけ。挨拶もしなかったから、山辺の方では、俺の存在には気づかなかったに違いない。
本当に二人とも、一言も口をきかずに歩いているだけ。それでもショートカットの女性は、満面の笑みを浮かべていたが……。
彼女は指を絡めるような繋ぎ方――いわゆる恋人繋ぎ――で、山辺と手を繋いでいた。その上、反対側の手も彼の腕に回して、腕を組むみたいな格好。
それほど密着している二人を目にして、俺はふと思うのだった。
彼女が言っていたのは「話さないで」ではなく「離さないで」だったのではないか、と。
(「話さないで」と言われたら・完)
「話さないで」と言われたら 烏川 ハル @haru_karasugawa
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