誰にも言ってはいけないよ
石田空
とある湖水のほとりにて
「ツェツィーリア。このままじゃ駄目だ」
「ディーデリヒ……」
湖水のほとりで、泣き濡れているふたりの男女がいた。
乗馬服を着たふたりは、馬で遠乗りをして遠くまで行かなければ会うこともできない関係だった。
ふたりの親である侯爵家は敵対関係になっており、互いの領土に足を踏み入れれば最後、すぐに戦火の火蓋が切って落とされる。いったいなにをどうやってそこまで仲がこじれたのかはディーデリヒは知らない。
ふたりが知り合ったのは、神殿で祈りをしている際に出会ったから。神殿は基本的に中立地帯であり、ディーデリヒはツェツィーリアの故郷の領土を越えて自領に戻るため、ツェツィーリアは花嫁修業の一環として神殿に奉仕活動に出ていたためであった。
神殿で愛を育んだものの、このままでは互いの実家の心証は悪くなるばかり。ディーデリヒは父親からどうにか当主の座を受け継いで、ツェツィーリアの領土との関係を修復しようと奔走していたが、肝心のツェツィーリアの父は頑なで、一向に首を縦に振らなかった。
とうとう痺れを切らしたふたりは、こうして湖水のほとりで話をしていたのだ。
「……君を私の自領にさらいたい」
「……ディーデリヒ。駄目よ、それは」
「だが……!」
「……お父様にね、このことは誰にも言ってはいけないよと言われたことがあるの」
日頃から言葉控えめなツェツィーリアが唐突に語り出すのは初めてで、ディーデリヒは戸惑う。
ツェツィーリアは続けた。
「お父様の妹君……私の叔母上に当たる方は、あなたの領土の者に連れ去らわれたと」
「……ええ?」
「ふたりは愛し合っていたから、仕方がないとわかっていたし、一方的な誘拐ではなかったから公にはしていなかったけれど……。でも話を聞いてみたら、それだけではなかったの。私のおじいさまの代は、おじいさまの弟君がディーデリヒの領土の女をさらってきてしまったって。互いに、ずっと互いに悲恋をスパイスに誘拐事件の応酬を繰り返していると」
そんな話は初めて聞いたディーデリヒは愕然とする。
愛の前ではなにをやっても許されるのは戯曲の中だけで、そんな身勝手をすれば火種に油を注ぐようなものだなんて、治政をしていれば誰だって理解ができる話だ。
しかし、何故ここまでこじれにこじれたディーデリヒの自領とツェツィーリアの領土の戦火の謎もやっと解けた。
ディーデリヒは訴える。
「どうか、誘拐なんてなさらないで。正攻法でお父様を言いくるめて。戦争は嫌よ。火に油を注ぐのはもっと嫌だわ」
それはもっともの話だった。
<了>
誰にも言ってはいけないよ 石田空 @soraisida
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