勇者と聖女の失伝した儀式

弧野崎きつね

勇者と聖女の失伝した儀式

「勇者様。ようこそおいでくださいました」

 白き清浄な衣を纏った女が、深々とお辞儀をした。相対する青き荘厳な鎧の男は、鷹揚に頷き、女の背後にある洞窟を面倒くさそうに眺めている。

「聖女殿の出迎えに感謝する。今回は、神鎮の儀であったかな?」

「はい、そうです。本日は、よろしくお願い申し上げます」

 女が、再度深々とお辞儀をした。

「あい分かった。それで、私は何をすればよい?」

「分かりません」

「は?」

 男の眉根が寄る。小首をかしげて、先を促す。女は、深く頭を下げたまま、話をつづけた。

「ここを管理していた村は、焼失いたしました。魔王軍の侵攻によるもので、生き残りもいません。儀式手順の大部分が失伝してしまっています」

「そうか。済まなかった」

 男は痛ましげに目を落とし、女はようやく顔を上げた。

「いいえ、勇者様のせいではありません。ですが、分かる範囲で何とかするほかありません。神殿に残っていた、過去の儀式に関する記録によれば、儀式は、神域である洞窟にて、聖女と勇者がおこなうようです。儀式の内容は不明ですが、事前に説明を受けたり、練習を要したりした記録はなく、儀式に赴いてから帰ってくるまで、1日かかっていないので、そう難しい手順ではなさそうでした。中に入れば分かることに賭けます。ただし、注意事項があります。『はなさないで』です」

「はなさないで?それだけか?」

「はい。ひらがなで、『はなさないで』だけです」

「洞窟内での注意事項だとして……声をだしてはならんということか?」

「ひとまずはそう解釈して、進みましょう。ですが、違うかもしれないので、怒りに触れるかもしれません。その時は、お手数ですが滅ぼしてください」

「……」

 男は、苦々しそうに顔をゆがめて女を睨むが、女はどこ吹く風だ。

「では、参りましょう。ここから先は、一切『はなさないで』ください」

 男は、何も言わず、洞窟の中へと歩を進めた。少し遅れて、女が小走りになって後を追い、石に躓いた。女は驚き、しかし口を噤んで、どうにか倒れまいと近くのものを掴んだ。それは、男の腕だった。

 女が顔を上げると、男は女を見下ろし、片眉を上げた。女は小さく頭を下げ、手を離そうとして、やめた。代わりに、女は、茹るように顔を赤く染め、掴んでいた男の腕を組み、絶対に離れないようにした。男は、手を離さない女を訝し気に見つめていたが、腕を組まれたところで得心がいったようにひとつ頷いた。

 男と女は、ぎこちなく腕を組んだまま洞窟の中へと消えていき、しばらくすると、仲睦まじいカップルのように寄り添って戻ってきた。その表情は、とても幸せそうだた。

 

 

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