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(スポット:大師公園)

 気がつくと、僕は大師公園の緑の中に倒れていた。

 太陽は高く登っていて、今はお昼前のようだ。あわてて起き上がって服についた土埃を払った。一体どうしたんだろう。思い出そうとすると激しい頭痛がした。

 急いで起き上がったためか、軽くめまいもする。

 一度近くのベンチに座って休んだ。

 昨夜……どうしたんだっけ。

 たしか、帰省して、実家に荷物を置き、地元の友達と会う約束をしていたはずだ……。ひょっとしてその後、酔っぱらって公園で寝てしまったのだろうか。僕はそういうタイプではないのだが……。

 そこまで考えて、やっと少し落ち着いてあたりを見回した。地元の大師公園だ。運動場や遊具広場もあり、家族や友達を遊んだことのある思い出の場所だ。


智樹「おい……ひょっとして、翔太か?」


 声のするほうを振り返ると、中学、高校が一緒だった智樹が心配そうにこちらを見ていた。


僕「ああ、夏休みでこっちに戻ってきたんだけどさ」


 智樹はなぜか、少し怯えたような顔で僕を見ている。


智樹「そっか。なんでここにいるの?」

僕「いや、それが僕にもよくわかんなくて……そういや、中学の時の仲間で遊ぶ約束してなかったっけ?」


 こんなところで倒れていて、約束をすっぽかしていないか僕は心配になった。


智樹「実家からここまで来たんだ?」

僕「それも思い出せないんだ。帰省したことまでは覚えてるんだけどさ」


 そこまで話すと、智樹は急にほっとしたように表情をゆるめた。


智樹「なんだよそれー。まったく、しっかりしろよ」

僕「ほんとだよな。なんか頭が痛くってさ、めまいもするし」


 智樹は自分の携帯電話を出して、写真を表示させた。


智樹「ほんとに覚えてないの? 俺たち一週間前にここらで会ってるのに」


 え?

 僕はその写真を見た。僕と智樹がこの近くの仲見世通りで一緒にだるませんべいを持っている写真だった。

 ふたりで顔の前にせんべいを持っている。

 僕にはそんな記憶はない。

 よく似た他人なんじゃないかと一瞬疑った。

 誰かが僕になりすまして、僕の友人たちと遊んでいたんじゃないか、と。

 そのとき、ふと気がついた。写真の中の僕は右手の薬指にシルバーの指輪をしていた。

 それは帰省の前に、幼馴染で彼女の由香がプレゼントしてくれたものだった。わざわざオリジナルデザインでオーダーして、内側には僕のイニシアルと誕生日が刻印されている。

 とすると、やっぱりこの写真の人物は僕だということになる。

 同時に、はっとした。僕の手には、今、指輪がない。

 やばいな。記憶がないうちに落としてしまったのだろうか。

 由香に怒られる。いや、それよりもそんな大切なものを無くしてがっかりさせてしまうのが嫌だった。

 探さなくては。


僕「あのさ、この時寄った場所をもう一度めぐりたいんだけど教えてくれる?」

智樹「もちろん、いいよ。そうだな、もう一度同じ場所を歩いたら記憶がよみがえるかもな」


 智樹は笑顔でそう言ってくれた。

 起きた時の頭痛とも合わせて考えると、僕はなにかの事故で頭を打って、一週間分の記憶を失ってしまったのかもしれない。交通事故とか、そういうものだろうか……いや、公園の真ん中で?




(スポット:仲見世通り)

 よくわからないまま、僕は智樹と一緒に公園を出て、川崎大師の前にある仲見世通りを歩いた。

 川崎大師の正式名称は平間寺という。初詣の人数が日本で3番目に多いお寺だ。

 僕もこっちに住んでいたときは、お正月に家族と初詣にきていた。厄除けのお寺だから、うちの母親は『翔太によくないことがあったときは、どうぞお守りください』と何度もお願いしていたっけ。僕に一人暮らしをさせるのが心配だったようだ。


智樹「なあ、もう一度食べてみる?」


 智樹がだるませんべいを買ってきてくれた。

 一週間前に写真を撮った大山門まで歩いて行く。




(スポット:大山門)

 ここで写真を撮った時は、まだあの指輪をしていたんだ。

 僕はここまでの道程をきょろきょろしながら指輪を探していた。

 しかし、智樹によればそれは一週間前のこと。指輪を落としたとしても、とっくに拾われてしまっているだろう。警察に届けを出したほうがいいのだろうか。そういえば駅前に交番があったな。

 そこで、ふと考えた。

 智樹の話していることは本当に正しいのだろうか。

 僕がすっぽり一週間、記憶をなくしているなんてことあるだろうか。しかも智樹はすぐにそんな不思議な事情をのみこんでいる。それも不自然ではないだろうか。

 智樹の携帯には、たしかに一週間前の日付の写真があった。

 たとえば、智樹のほうが一週間前の世界からやってきている可能性はあるのだろうか。

 公園で僕をみつけたときのおどおどした態度。あれは智樹が、僕になにか隠しごとをしているせいではないだろうか。

 そんなことを考えながら、せんべいを食べた。

 やはりなにも思い出せない。相変わらず頭痛がする。


智樹「このあとお参りも行く?」

僕「行ってみようか」


(スポット:川崎大師門前)

 僕と智樹は川崎大師の門前に着いた。

 携帯の着信音が響く。


智樹「ちょっと悪い」


 智樹がポケットから携帯電話を出して、耳に当てた。相手の声が漏れてかすかに聞こえた。若い男の声だ。友達の誰かのようだ。

友達「……翔太、あれからまだみつからないんだけどさ。さっき家に……警察から連絡があったんだって……河原であいつの指輪がみつかったって」


 智樹の顔が少し険しくなった気がした。

 僕がみつからない?

 河原でみつかった指輪??

 僕は思わず、自分のズボンのポケットに手をつっこんだ。

 携帯電話は持っていた。しかし電源が落とされている。

 あわてて入れなおした。

 表示された日付は、たしかに僕が帰省した日から一週間たっていた。

 着信とメッセージが大量に届いている。

 家族と友達から、「どこにいるの」「どうしたの」「連絡して」という悲痛なメッセージだ。

 頭がズキズキする。

 僕は――一体どうしたんだ。なにがあったんだ。

 自分の名前でネットに検索をかけた。


僕「え、一週間前から行方不明?」


 僕は行方不明者として捜索願が出されていた。

『帰省し中学の友人と遊んだ後、行方がわからなくなった』とSNSに情報提供を呼び掛ける書き込みがあった。目の前にいる友人、智樹と遊んだ後に行方不明になっているのだった。

 そしてさっき届いたばかりの新着情報があった。

 今日になって、僕が持っていたシルバーの指輪がここから少し離れた河原でみつかった。そばに血液のついた石が転がっており、なにかトラブルに巻き込まれたんじゃないのではないかと警察は捜査中だということだ。

 ぱしっ

 突然、僕の携帯電話は叩き落された。

 智樹がものすごい形相で僕を睨んでいた。


智樹「お前……なんで生き返ったんだよ。あの時、たしかに殺したはずだったのに、なんで死体が消えるんだよ!」

僕「それじゃ、やっぱり……お前が僕を殺したのか?」


 智樹は悔しげに叫んで地団駄を踏んだ。

 異変を感じた周囲の人たちが集まってくる。


僕「なんでだよ。どうして、お前が僕を殺そうとするんだよ!」

智樹「いっつもお前が俺の人生の邪魔をするからだよ! お前さえいなければ、俺が由香とつきあえたし、大学の指定校推薦だって俺がもらえたはずなのに! わざわざ指輪なんて見せつけてんじゃねーよ!! ……うちの親だっていつもお前と俺を比べて『お前はダメだな』ってバカにするし! ずっと前から俺は、お前に消えてほしかったんだよ!!」


 僕は一週間前に智樹とここで遊び、そのあと河原に連れて行かれて襲われたようだ。

 そして、死ぬ直前に『一週間前の僕』となって、この公園に倒れていた。

 信じられないが、タイムリープというやつだろうか?

 暴れ出した智樹は、やってきた警察官に取り押さえられた。

 ひょっとしてこれは、神仏のご加護だったのだろうか。

 僕が殺される瞬間、僕だけを一週間前に戻してくれたのか――?

 ありがとう。

 僕は母が願掛けをしていた大師様を振り返った。





【作者より】神奈川県川崎市の川崎大師周辺をイメージしました。大師公園で遊び、仲見世通りで名物を食べて、川崎大師へお参りするというコースです。

名所、食べ物を変えて、別の場所でも応用可能なシナリオだと思っています。

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記憶に無い一週間 沢村基 @MotoiSawa

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