猛る牛頭魔人

シンカー・ワン

はなさないで

 迷宮があれば、眠るお宝を求めてあるいは腕を磨くために冒険者たちはやって来る。

 とは言え、皆が皆ダンジョンアタックに挑むわけではない。リターンに対してリスクが大きいことから迷宮を忌避する冒険者もいるのだ。

 その手の冒険者のために、迷宮保有都市には『斡旋所』が設けられている。

 元来、冒険者制度というのは難民政策の一環であり国や都市の住民権を得られるが、その代価として公的機関はもちろん民間や個人からの依頼を受け、こなさなければならないと義務付けられている。

 各種依頼を受け付け冒険者に宛がうための施設、それが『斡旋所』

 有事の際の兵役、隊商の護衛、隣村へのお使い等、依頼は多岐にわたる。

 迷宮で財宝を集めそれらを売買することで都市や国に還元するのも、隊商を守り物資の流通を滞りなくするのも、辺境に道を通し開拓するのも、届け物をするのも、皆どれも等しく冒険者に定められた社会貢献なのだ。

 迷宮保有都市バロゥを抱えるコルツ国は、魔獣・怪物の繁殖地でもあるロックニー山脈、そこへ落ちた旧時代の空中浮遊都市ヴィンスの遺跡にバロゥ南に在る森の遺跡、点在する大小の町村と仕事には事欠かないため冒険者の定住率が高い。

 今日も盛況なバロゥの斡旋所。

 忍びクノイチの所属する一党パーティが良さそうな依頼を物色していたところに、

「お願したい依頼があるんですけども……」

 顔馴染みの職員が困惑した表情を浮かべ声をかけてきた。

 

「こ~ん、チクショーッ」

 荒げた声を飛ばしながら、人型魔獣の右腕に絡みついたロープを引っ張るのは熱帯妖精トロピカルエルフ

「そのままっ、ロープを離さないでください」

 連結棍棒フレイルを構え、一撃を入れる機をうかがいながら女神官尼さんが叫ぶ。

 忍びは人型魔獣の正面に立ち、注意を引きつけながら牽制を怠らない。

 力任せに左腕から振り下ろされる鈍器をいなしながら懐に潜り込み、苦無での刺突や斬撃を加えるが、分厚い皮膚や筋肉に阻まれ決定打を与えることはできない。

「ブモ――――ッ」

 片腕が効かず目の前の獲物に触れられもせず、人型魔獣が苛立ちの叫びをあげる。

 

 斡旋所職員から委ねられたのはロックニー山脈近くの村からの依頼。

 『家畜が数頭襲われ、村近くにある洞窟から怪しげな獣の叫びが聞こえてくる。どうにかしてくれ』

 洞窟を調べ、潜むものが危険な存在ならば速やかな処分を。

 請け負ってやって来てみれば、洞窟なかに居たのは人型の魔物。

 八フィートを越える身長に黒々とした体毛、筋骨隆々の肉体と牛頭、直立した野牛というべき姿。

 牛頭魔人ブルカプトだ。

 亜人種でも獣人族でもセリアンスロゥプ獣化人でもない人型の魔獣、魔人。

 怪力を誇り粗野で狂暴、肉食で人を喰らう。性質としては人喰鬼オーガに近い。オーガと違うのは群れを作らず単独で行動することか。

 どういう訳か牝が存在せず、繁殖には他種族を介す必要があるため、機会を失わないよう年中発情している。


 いくつものに反応したのだろう、牛頭魔人の生殖器官はこれ以上ないほどに猛々しくそそり勃っていた。

「……どちらも臨戦態勢」

「それ、笑えませんよ」

 艶笑気味にポツリとこぼした女魔法使いねぇさんに、耳ざとく言い返す女神官尼さん

「ハッキリ言いまして、私はあんなのの相手になるのは御免ですっ」

「――同感」

 大人な会話を続けるふたり。戦闘中だというのに大した余裕である。

「どーでもいいから、こいつなんとかしてくれぇっ」

 艶笑談義する年長組に、前線で牛頭魔人の怪力に対処している熱帯妖精が応援を求める。

「術式を組んでる。もう少しお願い」

「早いとこ頼むぞぉっ」

 返ってきた女魔法使いからの言葉に、ロープを手繰りながら熱帯妖精が叫ぶ。

 早くしてくれと願うのは、牛頭魔人と正面からやり合っている忍びも同じだ。

 振り回される鈍器をかいくぐり、ヒットアンドアウェイの攻撃を繰り返すが、大きな傷を与えることは出来ていない。

 口にこそしないが、懐に飛び込むたび牛頭の下半身から鎌首持ち上げた醜悪な物体が放つ獣欲臭と、先端からこぼれて飛び散らかされる先走りのぬめった液体に辟易していた。

 忍びの身長だと隆起した牛頭の荒ぶる分身の先端が、見せつけるかのようにちょうど顔の位置にくるのだ。

 まだではあるが、凶悪な牡の器官を眼前にし、己の奥底に潜む女のさがが反応していることに惑う。

 ――この感覚、インキュバスとかいうやつが仕掛けてきたときに似てる。

 知らぬうちにもてあそばれ、為す術なく言い負かされた記憶が、紳士然とした余裕たっぷりな態度とともによみがえる。

 羞恥から強烈な怒りが湧き上がり、

「邪魔だぁぁぁぁ――――っ」

 忍びらしくない大きな声をあげ、必殺の苦無が閃く。

「ブモオオオオオオオッ」

 途端、牛頭の絶叫が轟き、股間から血飛沫が吹き上がる。

 怒りに任せた苦無の一閃が、牛頭魔人の生殖器を根元から断ったのだ。

「ざまぁみろ!」

 会心の一撃を放ったこととその結果に思考が飛んだのか、痛撃によって絶頂に達し吐き出された生命の素と血流が混ざった赤白マーブルな体液を、かわしもせずに浴びなから吐き捨てる忍び。

 この一瞬の出来事にすかさず反応する一党。

「え、えーいっ」

 大事なものを失った激痛に暴れる牛頭の動きに合わせ、巧みにロープを手繰って上半身を拘束する熱帯妖精。

 タッと駆け出し、頭の中がスパークしちゃって足が止まったままの忍びを抱え、離れ際に連結棍棒の一撃を牛頭の膝裏に食らわせた女神官が、最後尾で杖を構える女魔法使いに叫ぶ。

「今っ」

「承知」

 合図を受けた女魔法使いが、組み上げた術式を、ひざ立ちになっている牛頭へと放つ。

猛炎フェロカ・フラモ

 名の通り猛々しい炎が炸裂し、牛頭魔人を瞬時に焼き上げた。

 浴びた熱で皮が裂け肉が焦げ脂が煮立ち、ジュウジュウと音がはじけ、洞窟内になんともいえぬ香ばしさが満ちていく。

「……帰ったら、肉料理食べたいですね」

 牛頭の体液にまみれたまま放心している忍びをどうしたものかと思案しつつ、女神官がしれっと言えば、

「あ~、うん。……でもなんか、てーこーが」

 遭遇時に手元から弾き飛ばされ、使う機会のなかった愛用の槍を回収した熱帯妖精が、釈然としない風に返す。

「まずは帰還して職員かれを問い詰めないと。魔物に察しがついた上でわたしたちを送り込んだのは確か」

 口調こそ穏やかだが、怒気を放ちながら女魔法使い。

「あぁ、牛頭魔人なら女が四人も住処やさに入ってくれば、ノコノコと出てきそうではありますね……」

 実際その通りだったし、と女神官。目が笑っていない笑顔を浮かべ、

「討伐役におとりもやらせたってことですか……困った人ですねー」

「事前の示唆もない。これは危険手当交渉案件」

 女魔法使いも冷め切ったまなざしで淡々と口にする。

 そんな年長組のやり取りを「おっかね~」と思いつつ遠目に見る熱帯妖精。

 なんにしても先ずは帰ってからと撤収の合図をかけようとして、血液が抜け二回りほどしぼんだ牛頭の肉棒ファルスに気づく女魔法使い。

 無造作に指し、

「討伐の大切な証拠。誰が持って帰る?」

 どこか楽しそうに言う。

 露骨に嫌そうな顔をする熱帯妖精に、圧の強い笑顔で拒否する女神官。

「じゃ、お願いね」

 ふたりの態度に頭目リーダーは、未だ思考が平常に戻ってきていない忍びににっこりと笑顔で託した。

 ……バロゥに戻るまで、忍びが不機嫌だったのは言うまでもない。

 

「――いいか、この件は誰にも言うなよ、話すなよ? ……話さないでください、お願い。お願いします」

 バロゥまでの道中、自分の不手際を口外せぬよう、仲間に懇願していたことも付け加えておこう。

 

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