友情ササクレーション

西川 旭

もう春なので

 あれは中学三年の、夏休みが明けた頃だった。


 私はクラスで、イジメ的なものを受けていた。


「え、なにこれ……?」


 最初は、学校の机の中にエッチな本の切り抜きが入れられていたりという、些細なものだったけれど。

 いつしかそれはエスカレートし始め、私はクラスメイトからお父さんの仕事のことでいじられるようになった。

 私のお父さんは葬儀会社で働いているので、それに対して怖いだとか気持ち悪いだとか、けがらわしいだとか、いろいろ言われてしまった。

 毅然として言い返すか、はっきり無視をすれば良かったのだろうと今になって思う。

 けれどそのときの私はムキになって涙目で感情的に反応するしかできず、それがいじめっ子たちをますます調子づかせてしまった。

 クラスメイトの大半はそれに同調して笑うか、気まずい顔で放置するか。


「もう、死んじゃおっかな」


 疲れた私は公園に一人で佇み、そう呟いた。

 その様子をクラスメイトの北原さんに、おそらく偶然に通りかかっただけだろうけれど、見られたことがある。

 もちろん私に死ぬつもりなんてなかったのだけれど、たまたま口を突いて出たクリティカルな弱音を、北原さんに知られてしまった。

 しまったなあ、これがクラス中に知られたら、また変な嫌がらせが続くんじゃないかと、私は心配した。

 ところがある日を境に、いじめっ子の一人であるB男の生活に、少しばかり不穏な変化がもたらされるようになった。


「なんか、うちに無言電話が来るんだよ。それも毎日、夜の九時きっかりに」


 B男は友人たちとそんな話をしていた。


「ナンバーディスプレイあるべ?」

「いや、公衆電話からでさ……出なくていいって言ってんのに、婆ちゃんが、出ちまうんだよな……」

「婆ちゃんあるあるだわー」

「今日なんか、玄関に虫の死骸が大量に積んであったんだぜ。俺、誰かから狙われてるんじゃねーかな……」

「純愛が極まったストーカーなんじゃね?」


 仲間たちは軽く話しているけれど、B男の顔は日に日にやつれて行き、目のクマが濃くなっていた。

 ある日の朝

 B男の教室の机の中に、大量のヌードチラシが詰め込まれていた。

 ほら、風俗の業者さんが無断にポストに入れていくあれだ。

 他の男子は深刻さの欠片もなくゲラゲラ笑っていたけれど。


「お、おいデブ! テメーの仕業だろ!? ちょっといじってただけなのに、仕返しのつもりかよ!!」


 B男は焦燥した顔で、真っ先に私を疑い、叫んだ。


「し、知らないよ。あたし、夜は塾に行ってるし……」


 そう答えるしかなかった。

 嘘でもなんでもなく、私は電車でちょっと離れた大きな駅前の塾に行ってるから、夜の九時に悪戯を仕掛けるのは無理だ。

 登校も遅い方だから、朝早くの犯行もできない。

 犯人がわからないまま、B男への陰湿な呪いは続いた。

 誰もB男に同情することもなく、むしろ笑いのネタとして男子の間で面白おかしく扱われていた。

 ひどいときには教室にあるB男のロッカーの中に、お酒の缶やタバコの吸い殻、そしてシンナーの空き瓶が仕掛けられたりもした。


「B男! どういうことだこれは!」

「な、なんだよ一体!? 俺、そんなの持って来てねえって!!」


 B男は生活指導室に呼ばれて、詳しく話をすることになった。

 そこで初めて、先生たちに告白したらしい。

 後日、私と親も生活指導の先生に呼ばれて、関係者揃って話し合いをする機会が設けられた。

 自分たちのグループが、私を前からいじってからかっていたこと。

 でも私も私の家族も、B男の家に悪戯するのは時間的に不可能であることなどが、確認された。

 いじめに加担していた他のクラスメイトに害はなく、B男だけが執拗に狙われていることなどもわかった。


「も、もう、やだよ、なんで俺ばっかりこんな目に……最近、ろくに寝れてねえんだ……」


 憔悴しきったB男は不登校気味になった。

 明確な謝罪の言葉は、なかった。

 B男にとっては、一番の被害者は自分である、ということになっているのだろう。

 自然とB男の仲間たちも気味悪がって、私に対するいじりの度合いを弱めたり、あるいは全くやめた。

 事態が詳しく解明されないまま、私へのイジメ、イジリはどうやら収まった。

 色々と割り切れない部分が多いので、私は決して愉快ではなかった。

 けれど表面上、私のクラスはB男が不登校のままということを除けば、平穏な状態を維持し、中学生最後の年度を、終えたのだった。


「北原さんが、なにかやったんじゃ……」


 春休みになり、志望高校にも受かった私は漠然とそう思っていた。

 実は私と北原さんは、保育所が同じという、いわゆる幼馴染である。

 けれど小学校の学区が違ったために六年間は離れ離れの没交渉で過ごした。

 中学校でまた一緒になれたと私は喜んでいたけれど、北原さんは私のことをまったく覚えていないようだった。

 だから中学生活の三年間で、それほど仲良くできたわけではない。

 北原さんにとって、私はクラスメイトAでしかなかっただろう。

 けれど夏の終わりのあの日、公園で私の涙と弱音を遠くから眺めていた北原さんは。

 同情するでも憐れむでもなく、静かに怒っていた。

 私は北原さんがこっちを見ていることに気付かないふりをしてやり過ごしたけれど。

 あのとき彼女が、心底に怒りの炎を燃やしていたことが、なぜか、すんなりと伝わったのだ。


「高校はまた離れ離れだけど、連絡取ってみようかな」


 私にしては珍しく、自分から仲良くなろうと積極性を発揮しようと思っている。

 もしも北原さんが、B男を追い詰めて私を救ってくれたのだとしても、彼女はそれをバカ正直に認めはしないだろう。

 なにせ実質的には犯罪行為に手を染めているようなものだ。

 けれど、せっかくの春だし、もう私も花の女子高生だし。

 ささくれ立ったままの気分と退屈な日常を変えるために、一歩、踏み出してみてもいいのかも。

 なにか、さりげなく、重くない、小さなプレゼントでもあればいいかもしれない。

 高校が始まる前の準備期間、そう思って派手な看板で有名な、大規模雑貨店に足を運ぶと。


「いた」


 私よりタイミングを前にして、見慣れた猫背姿で店内に入って行く北原さんの姿があった。

 彼女も高校進学前に、あれこれ必要なものを準備しに来たのだろうか。

 私の想像通りなら、北原さんはかなりヤバいことも平気な顔でやってのける子だ。

 保育園時代は絵本ばかり読んでいる、大人しくて真面目な子だったけれどな。

 九年間、疎遠だった時間。

 分からないことは増えるばかり。

 北原さんが私を助けてくれたの?

 もしそうなら、どうしてそんなことをしたの?

 今の私には、さっぱり分からないままだ。

 それを埋め合わせて、もっとお互い、知って理解を深め合うには。


「まずはこのごちゃごちゃした店の中から、北原さんを探さないとね……」


 入口からすでに雑然として視界の悪い中で、私は心の中に呟く。

 北原さんとのフラグを建てるためには、まず激安商品のダンジョンを潜り抜けなければならないのか。

 望むところだと、私は一歩を踏み出した。

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友情ササクレーション 西川 旭 @beerman0726

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