夜道

倉沢トモエ

夜道

 ほうぼうで人魂を集めているという二人連れについて、我々はあらゆる噂を集めていたが、どれもかれらの正体に迫るには弱いものだった。


 ここは海辺の町。海に魂が還る怪談は昔からよく聞かれるし、これはそうした類いの新しいものなのだろうと承知されていた。


 その晩砂浜には足跡がふたつならんでいて、静かな波が寄せては返していたと。

 黒い影が、砂浜を舐めているように見えたと。


「あのね、」


 一方が言いかけると、もう一方が、


「今ははなさないで」


 と、たしなめた。


「今はなすと、消えちゃうよ」

「ここは、だめかい」

「今日預かったこれは、海を希望してはいない。もっと丘のほうではなしてからにしよう」


 それから話し声は消えてしまった。


   ◆


 新月の晩。青白く光っていたものがはっきり人魂のかたちであったという話は、いくぶん信憑性を帯びる。


「見えたんです」


 海岸近くの宿にいたその若者は、夜半に風に当たろうとバルコンへ出たところ、あやしげなやり取りと、やり取りをしていた声の主らの姿がたしかに見えたのだという。


「波打ち際を歩く姿も、人魂を入れた、鳥かごのような入れものもたしかに」


 となれば、若者が聞いたというやり取りには首をかしげざるを得ないのである。


「『今ははなさないで』と」

「はい」

「『もっと丘のほうではなしてからにしよう』と」

「はい」


 我々は慎重に検討を重ねて、このような推測をした。


『今ははなさないで』。こちらは『今は』と申したのではないか。


「『もっと丘のほうではなしてからにしよう』と?」

「はい」

「その前に『海を希望してはいない』と」

「はい」


 希望を聞かねばならぬ事情が推察されるので、『もっと丘のほうでからにしよう』と、そう申したのではないか。


「彼らは、人魂をとらえ、その希望を聞いて、希望の場所で放してやっているのではないかね」


 現在のこの推察について、諸君のご意見をぜひ寄せられたいというのが、我々の目下の希望なのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜道 倉沢トモエ @kisaragi_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画