ささくれ【KAC20244】

郷野すみれ

第1話

冬の土曜日。


私の家のシンクに積み上がった、というほどでもない食器たちを見て、卓人は驚いたように声をあげる。


今、卓人と私は、以前ほどではないが近くに住み、休日はお互いの家に行くという半同棲状態だ。


「お前にしてはためてんじゃん。珍しいな」


「しみるから、お皿洗いたくないんだもん」


私はそう言って左手をかざす。卓人はその手をがっとつかんだ。


付き合い始めてからもうすぐ一年が経つ。わかったことは、卓人が結構こういうスキンシップに積極的なことだ。


……まあ、普段の言動を考えてもわかるかな。


中学の頃は男子たちとワイワイイチャイチャしていたのを覚えている。


一方、なかなか慣れない私は、今のにも少し身をすくめる。


「え、なに。うわ。結構派手にささくれ作ってんじゃん。絆創膏ないのか?」


「ある、けど……」


あるにはあるが、私は口ごもる。


「指に絆創膏貼るの苦手なの。グチャってなっちゃって……」


正直に言ったら、笑うかと思った卓人が納得の意を示した。


「ああ、お前折り紙とか工作とか得意じゃなかったもんな」


「そうだねー、なぜか」


それだけできずに幼稚園、小学校の特に低学年は苦労したものだ。千羽鶴とか、もはや卓人に折ってもらっていた。


「先にお前の指に貼る。それから皿洗うからな」


「ありがとうー」


素直に嬉しい。


立ち話をしていた私たちは、リビングに移動してきて、私は絆創膏を持ってきた。


「あ、そういえばさ、千智ちさとが今度東京に来たいらしい。行ったら泊めてくれ、って言ってた」


「千智ちゃん? 来るの?」


私が苦労してた絆創膏をあっさり綺麗に卓人は貼った。


「ありがと」


千智ちゃんは、卓人の妹だ。少し歳が離れているので卓人ほどは関わっていないが、それでも一般よりはずっと関わっている。


「なんか、ライブ? とか言ってた気がする。詳しいことはまた聞いとくわ」


「この間帰った時に聞いたの?」


「ああ」


帰省の時だ。会社の同期に、彼氏と一緒に帰省したと言ったら大層驚かれた。


「あと、大学のサークルの山口から連絡があって、今度集まりがあるらしい」


「山口って、女の人? それとも男の人?」


大学の知り合いだけは把握できないのがもどかしくて、急に心がささくれ立って尋ねる。


「男だけど……、珍しいな。お前が嫉妬みたいなの見せてくるの」


感情を言い当てられて私はむくれた。


「だって、大学の人は知らないから……」


ふっと卓人が笑い、腕を伸ばして抱きしめられた。普段だったら暴れるけど、ささくれに絆創膏を貼ってもらったお礼に今日は大人しくしておこう。

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ささくれ【KAC20244】 郷野すみれ @satono_sumire

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