解答編

 最近王都周辺に妙な者が多い、と街住まいの森妖精から御用魔導師を経由して近衛騎士団に報告が上がったのは、数年前のことだ。曰く、『魔力は感じないのだが、姿隠しの魔道具を帯びているかのように、光の精霊が戸惑って見える』というのだ。

 何か仕掛けてくる様子はない。数人から三十数人ほどの群れで王都で買い物をしたり、冒険者組合を冷やかしたり、魔法芸人の芸を見ていったりする程度だ。

 今のところ、伝説にいう『魔族』のように我々や妖精族に危害を与えるものでは無い。ただ、全く魔力を有しないのに姿隠しが掛かっている、というだけではある。

 これは一体、何事なのか?

 我々王家直属の家臣と御用魔導師、街の各組合の長らで、内々に対策会議を立ち上げた。仮に姿隠しの者たちを『異族』と呼ぶことにした――神族でも魔族でも妖精族でも人族でも無さそうだ、という意味合いである。

 魔力によらず姿隠しを使っている、という点に着目すれば、案外異族の追跡は容易だった。奴らは王都郊外の『虹色の繭』から現れ、姿隠しによって人族や妖精族を装い、王都に来る。そして何をするでもなく享楽にふけって、繭に帰っていくのだ。ただ、繭はふっと消えてしまうので、繭から先どこに向かっているのかは分からず仕舞いだった。

「実害が無いなら、別に良いのではないか?」

 勿論そういう意見もあった。

「商人どもは儲かっているようですし」

 異族と知ってか知らないでか、『余所者の旅人』を当て込んだ商売も増えているようではある。

 ただ、異族が増えるにつれ、幾つか実害というか、問題が生じた。


 ※ ※ ※


「直接に『異族』の影響かどうかは分かりかねますが、最近、ごみの量が増えていますね」

 秘書官長が報告した。

「王都の廃棄物は都外の回収屋組合が持ち去る手筈なのですか、城門で冥加金回収のために行っている計測で、持ち去る量が急激に増えています。また、そもそも回収が間に合わずに街路に投げ捨てられたままのごみも多い様子」

 回収屋はごみの内容を仕分けてから、堆肥になりそうなものは農家に、再利用できそうなものは商人や工人に売り、どうにもならないものだけ谷間に捨てる。そういう商売だ。

「異族が王都で飲み、食べ、遊ぶ。その瞬間はその分だけ『ごみを出す人間』が王都に増えているということではある。影響はあるのかも知れぬな」

 私は言った。

「それだけ王都が賑わい儲かっておるということ。回収屋だって儲かると分かれば人を増やしますよ。良いではありませんか」

 商人組合の長が言った。

「それはそうだがな、王都の品位というものもある。商人だけが王都におるわけでは無いのだぞ」

 貴族の一人が言った。

 この時点では、それだけの話で大きな議題にはならなかった。


 ※ ※ ※


 異族が使う『貨幣』は、王都で元から流通しているものと一見変わらないように見える。

「見かけは同じだが、異常に品位が高い。恐らく皆様の仰る『異族』の通貨だと思うのだが、金貨なら金の、銀貨なら銀の、銅貨なら銅の純度が妙に高いのだ」

 岩妖精の工人組合の長が報告した。

「それで何か問題が?」

 私は尋ねた。

「わしらの組合員のせいでもあるかも知れぬが――結論から言うと、物の値段が不自然に上がっておる」

 組合長は答えた。

 まず、金物の品位に目敏い岩妖精たちが、それと知ってか知らずか異族貨幣を『高価値』に扱いだした。例えば、金貨五枚の上物剣を、異族金貨なら四枚で売る、ということを始めた。それを見て、一般の市民も貨幣に『品位の違い』があることを認識し始めた。すると、標準の貨幣の価値が落ち始めたーー言い換えれば、異族貨幣を使わない限りにおいて、あらゆる物の値段が上がり始めた。そして異族貨幣は数としてはそんなに出回ってはいない。

「品位の差が問題なら、お主らの『精錬精霊術』で通貨の品位を上げれば良いのでは?」

 貴族の一人が言った。

「異族通貨の品位を精霊術で実現しようとすれば、それこそ金貨一枚あたり金貨二枚分はかかるわい」

 組合長は鼻で笑った。精錬精霊術は、『贄』として他の金属を大量に浪費するという。名剣や工芸品を作ってこれに見合う値段で売るなら兎も角、流石に金貨一枚作るのには引き合わない。現状で造幣に精霊術を使っていないのはそれが理由だ。

「偽金として取り締まっては?」

 近衛騎士の一人が言った。

「物の価値の分からぬ市中の輩は兎も角、少なくともうちの組合員は従わんだろうな。何しろ、異族通貨の方が物としては上だし、わしらの眼にはそれが分かるのだから」

 組合長は断言した。岩妖精が協力しないということは、そもそも偽金としての取締の前提となる鑑定が機能しないということでもある。


 ※ ※ ※


 ごみの増加。異族通貨による物価高。

 詰まるところ、貧乏な市民ほど更に困窮するようになっているのだ。

「どうも市中に空き家が増えて来ました。引き換えに家を持たない浮浪の輩も増えているようでして、ごみを拾って闇で売ったりして暮らしておる様子」

 何度目かの対策会議で、近衛騎士が報告した。

「それが異族の影響だと?」

「私どもにそこまでは分かりかねます。ただ、現に『中下流の市民が落ちぶれ』『浮浪の輩が増えて』おるわけです。今は商人どもの羽振りの良さ、神官たちの施し、我々や冒険者組合の日常対応で抑え込んでおりますが、何かきっかけがあれば『暴発』しかねない。そういう雰囲気があります」

「ふむ――」

 一同は、私は考え込んだ。

「排除すべきではないか?」

 沈黙を破って、貴族の一人が言った。

「そもそも王都は奴らの遊び場ではない! 我らが王の居所だ! 何故奴らのために王都の側が揺るがねばならんのだ!」

「お待ちあれ。直接に異族どもが何かした訳ではありますまい。異族どもが暴れただの盗んだだのという報告が、この会議で出ておりますか?」

 秘書官長が言った。

「いきなり排除では商売あがったりです! こう、冥加金を増やすのでも構いませんから、どうかどうか排除は御勘弁を」

 商人組合の長が言った。

「それだ。城門出入り自体の、城門で取る冥加金を増やしては? 異族といえど少しは懐が痛もう」

 別の貴族が言った。

「それでは我々が怪物討伐や村々の巡視にも赴けなくなります!」

 冒険者組合の長が言った。

「回収屋どもも回収の脚が鈍るだろうな」

 工人組合の長が付け足した。

「異族だけ指名で冥加金を上乗せする、というのは? 見分ける方法は確立しておるわけじゃし」

 御用魔術師が言った。

「それはそれで異族が全く来なくなるのではありませんか? 異族どもの来訪は、どうも『我々がそれに気付いてない』ことを前提として物見を楽しんでおるようにも思えるのです」

 商人組合の長が言った。

「来なくなれば良いではないか!」

「いきなり全く来なくなるのでは我々は困る、と申し上げておるのです」

「来なくなるだけならまだ良い。『魔術によらない姿隠し』自体がどうやって動いておるのか、『繭』が何なのか我々は知らぬ。――万一、異族が反発して攻めてきたとき、我々に対応する方法があるのかどうかも分からぬ」

 近衛騎士団長が言った。


 ※ ※ ※


 異族排除論と反・排除論を巡って白熱する議論。私は沈黙を保っていた。

 やがて、御用魔術師が一つの折衷案を出した。

「――取り敢えず、警告を加えるというのは如何じゃろう。城門に簡単な魔法装置を置き、魔力によらない姿隠しを発動する者――異族にだけ反応し、ごく微弱な攻撃魔法を発射させるようにする。それも戦には絶対にならないような――例えば『指の皮がささくれ立つ』程度のものを。それを警告と理解して自重するなら良し、自重しないようなら次の段階を検討しようじゃないか。作動回数によって、異族の実数も把握できようし」

「それしか無さそうだな」

 私は言った。

「では然るべく取り計らいます、陛下。皆の者、異存ないな?」

 秘書官長が言い、一同は頷いた。そうして、そのようになった。

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