本能って何なの?

睡蓮

交際記念日に……

 私達の乗る車は南に向かって快調に走っている。

 今日はとおると付き合い始めてからちょうど三年目となる日。記念日に何かをしたいと提案され、私は昔を思い出して、初デートの場所に行きたいと提案したのだ。


 二時間少々のドライブは楽しかった。

 私好みの曲が車内に流れる中、話も途切れずにとても楽しい一時を過ごしながら目的の場所に着いた。


 小さな灯台の下には岩場が広がっていて、子供達が潮だまりにいるカニや小魚を捕まえようとしている。

 そんな風景に数年後は私達も……などと考えると思わず下半身が熱くなる。


「ねえ、私達も将来ああいう子供を持ちたいね」


 この場所は私が子供の頃から幾度となく両親に連れてきてもらっている特別な場所だ。

 この場所でプロポーズをしてもらい、そして子供を含めた家族の思い出作りができれば最高だと思っていた。


 プロポーズ、プロポーズ……そうだ、今私からすれば良いのだ。

 プロポーズは男がするものだと思っていてはいけない。

 どうせ結婚するのならどっちからしたって結果は一緒ではないか。


 岩場のはずれまで行き、二人だけの空間ができた。


「透、私達、結婚しよっか」


 言葉は軽いが思いは真剣だ。もちろん答は決まっている。



桜花はるか、悪いが君とは今日でお別れだ」


 え、今、何言ったの。さっきまでとは雰囲気が違いすぎるけど。


「先月、君が見知らぬ男と手を組んでいるのを見たんだよ」


 彼が見せたのは証拠の写真、顔もバッチリ映っている。

 あまつさえホテルに入る動画もあると言われてしまった。



 私の出来心……などではなく、もう二年も彼と二股を掛けていた。

 相手は既婚者で、所謂ダブル不倫だ。


 性欲が人一倍旺盛だった私にとって彼一人ではとても満足できなかった。勿論彼なりに努力してくれていた事は理解している。

 どんなに疲れていても私の欲求に応えようとしてくれたし、こちらの無理やワガママに首を横に振ることもしなかった。


 それでも私は満足できなかった。

 そして……


 セフレとしてのお付き合い、一夜だけの関係のつもりで私はマッチングアプリで男を漁った。

 仕事で忙しい彼にバレるわけがない。毎週会っているのだから不自然なところは何処にもないはずだ。


「何回か君のカラダのキスマークがあったね。あれは怪我で着くようなものじゃない。おかしいと思って浮気調査を頼んだのさ」


 そう、最近付き合っているセフレは私の身体にマーキングをしたがった。彼のテクニックで意識がもうろうとしている時に私はオーケーを出してしまっていた。


「そ、ん、なぁ」

「俺の何処がいけなかったかは良くわからない。教えてくれれば……今となってはそれを言っても始まらないね。とにかく俺はここで帰るよ。さようなら」

「ま、待って」


 ゴツゴツした場所をパンプスで追おうとしたら足が滑った。ささくれのように薄く尖った棘が身体に刺さり、無数の傷から血が滲んでくる。白さが自慢だった肌が赤く染まっていくのを呆然と見ていた。


「痛っ!」

「僕の痛みの方が痛いけど」


 振り返った透はそれはそれは恐い眼をしていた。心からの恐怖が私を支配し、あとの言葉は続かなかった。


「おねえちゃん、だいじょうぶ」


 さっき遊んでいた子が私のことを見つけて歩み寄ってくる。

 その後ろにはとても柔和な表情をしたお母さんがいる。


 私の立ち位置はあそこになるはずだったのに。


「うん、だいじょうぶ、だよ」


 そう言う私の足は既に地色が分からなくなっていた。



 あれから半年、私は誰とも関係を結んでいない。

 セフレとも縁を切った。


 私の性欲が強い? どこが?


 足の傷は治ったが、痣が少し残った。

 それを見る度、私の心にささくれが刺さってくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本能って何なの? 睡蓮 @Grapes

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ