ゴッド・ささくれ

暁太郎

土地神だってささくれは痛かろう

 原因とかキッカケは森長自身もまるでわからなかったが、森長は「ささくれを察知して治す」という非常に微妙極まりない能力をいつの間にか持っていた。

 指とか爪にささくれがあると、それが自分であろうが他人だろうが関係なく見つけて、さらに少し触れるだけでそれを治す事ができる。大量のクローバーの中に四つ葉だけ正確に見つけられる人間の話を聞いたことがあるが、似たようなものかもしれない。


 正直、生涯で使う回数が3桁行くのか怪しい力だ。あっても損ではないが、なくても惜しいわけではない。まるで朝の情報番組の占いコーナーみたいな能力だった。

 しかしある日、森長に活躍の機会が訪れる。

 森長がかつて所属していたゼミの民俗学者の教授から、ある依頼をされた。


「土地神のささくれを治して欲しい」


 聞けば、秋の紅葉が美しいとある山にリゾートホテルを建てようという計画が立ち上がったのだが、建設予定地が地元の住民が禁足地として恐れている所であった。


「その地に入ると、ささくれ様は痛がり、怒り、入り込んだ者に罰を与える」


 後は言うまでもない。怪死と事故の満漢全席。にっちもさっちもいかなくなった業者は、ささくれ様を鎮める手段を方方からかき集めた。

 それが巡り巡って、森長に白羽の矢が立ったというわけだ。


 そして森長はいま、禁足地の前に立っている。


「戻りましょう」


 森長の言葉に、教授は目を丸くした。


「どういう事だね、森長くん。まさか、君でも神のささくれは治せないというのか」

「いえ、そういう事ではないです」


 教授は不思議に思ったが、とりあえず森長の後を追うしかなかった。

 そして、禁足地から離れ、山からも離れ、地元の村の入り口にまで来た。


「説明してくれ、何を考えているんだ?」

「考えてるっていうか、単なる避難っていうか……」

「え?」


 森長は山の方に向き直り、しゃがみ込んだ。手を地面にかざし、目を閉じる。

 おもむろに森長が語り始めた。


「……山が出来る過程って、色んなパターンがあるんですけど」

「いきなりなんだ?」

「地面に断層ができて、盛り上がった所が山になるケースがあるんですよね。それで教授、これって似てません?」

「似てる、とは……」

「ささくれと、です」


 瞬間、巨大な隕石でも落ちてきたかのような轟音が響き渡った。ささくれ様は何故禁足地に入ると痛がるのだろう。

 答えは簡単だった。あの山はあるべき土地の形ではなかったから。

 土地は隆起し、ささくれのようにその土地の傷跡となった。長い長い年月、その土地神はささくれに苦しみ、やがてその痛みと同じ名前で呼ばれるようになる。

 

 教授は尻もちをついた。鳴動が止んだ後は、あの山は忽然と消え、いや、治され、すっかり平地となっていた。そこにはただ、折れて散らばり、重なり、ゴミ箱をひっくり返したような惨状の木々と、住処を一瞬で失った動物たちの混乱だけが残った。


「仕事は終わりですね、教授」

「だが、これでは……開発どころではないな」

「治してと言われたから治したまでです」


 誰だって痛いのは嫌ですよ、と言い、森長は青空の下に広がる「治療跡」を眺めている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴッド・ささくれ 暁太郎 @gyotaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ