聞く限りどうやら異世界の僕が悪いんだけどさ

「パラレルワールド? あると面白いよね。でも、この宇宙がそんな余分なカロリーを持てるとはあんまり思わない」


 真剣な顔で話題を振られたので、僕も真剣に可能性を計算して答えた。だがしかし、会話としては不正解だったらしい。アイリーンはぎゅっと眉をひそめて批難する目つきで僕を見てきた。


「あの、そこは否定しないでもらえますー? 話終わっちゃうんで!」

「信じるか信じないかで言ったら信じないだけだよ。僕が信じなくても、あるならあるんだろ」

「あ、そういう落とし方ならおっけーです。で、ですねー」


 アイリーンの説明はこうだ。

 彼女は並行世界、いわゆるパラレルワールドに迷い込んだことがある。

 そこで、雲の上の未来都市に住む僕とクリスに助けられた。

 元のこの世界へ帰る手段をその世界の神様と呼ばれる技術者に見つけてもらうまでの間、僕らに色々と世話になったらしい。


「お土産も貰ったんですよー! ほら、これ!」


 彼女はスマホの写真アプリを起動して綺麗な赤い香水瓶のようなものを見せてきた。


「何これ……ガラス瓶?」

「ふふふ、何とコレ、総合成ルビーです! 時価百万香港ドル!」

「ええっ!?」

「『ええっ!?』ですよねー、マジで! でもあの世界だと簡単に作れるものだったらしくて、『いーじゃん、持っていきなよー』って」

「相場破壊のオーパーツじゃん、何考えてんだよクリス……」

「あ、勿論市場なんかに出さないですよー! 家宝です、家宝」

「そういう問題かなぁ……でも、なるほどね。それで今度は私の番なのに、ってことか」

「これのお返しは無理ですよ!? ただ衣食住全部お世話になったので! お二人ともすごく思い出に残ってるんですよねー!」


 それに、と彼女は僕から視線を外して続ける。


「私が……死にかけたのも。あなたがたのせいなんでー」


 なーんて、と混ぜっ返してにっこりされた。

 僕は、僕の英語力が限界を迎えたのかと、今聞いた言葉をゆっくり咀嚼した。


「……死にかけたの?」

「そうですねー、あの世界ではそもそも、死ぬなんて自分の意思が強くないと出来ないんです。医療がすごく発達していて、住民の怪我や病気なんかは体内のナノマシンが勝手に治療してしまうんですよねー。治したくない!死にたい!って本人が思わないと死ねないんですよー。

 その前提で、武器を持って戦う武闘会というものが、十年に一度の娯楽としてありました。そこにクリスさんとリノさんが出場して……リノさんは、クリスさんの剣を誘導して、彼に自分を殺させたんです」


 そんな馬鹿な、とは、思わなかった。

 ああ……それは、僕だな、と思った。

 クリスに殺してもらうなんて、なんて贅沢な奴。

 最高じゃん……クリス、どんな顔したんだろう。


「あの、嬉しそうな顔するのやめてくださいよ。そういうとこですよー、ホント良くないです! 私はその光景、借りていた自室で実況見てショックで寝込んで死にかけたんですからね!」

「そんなことある?」

「ありましたとも! 普通の友人なら当たり前のように寝込みますとも!! はーっ、本人にも叱りましたがあなたもやっぱり同じ感じなんですねー!」

「ん? 僕が死んだのを、向こうの僕にも叱ったの?」

「……あなたは死ぬ前に、クリスさんの中に自分の分霊モジュールを移植してたんです」

「わお」

「わおじゃない!!」


 めちゃくちゃ叱られてるんだけど、僕は顔のニヤつきを抑えることが出来なかった。異世界の僕も、天才だった。そしてこっちの僕がそっちで暮らしていたとしても、やる。確信があった。

 僕はクリスになりたかったんだ。

 小さい頃からずっと、憧れていた。

 真っ当で、格好良い、大好きなひと。

 そうか、クリスになれたんだ、お前も。

 クリスになって絶望したんだな、きっと。

 馬鹿だよな、僕。

 クリスの体になっても、クリスを傷つける欲望を止められなかっただろ。

 自分の悪性がクリスの体の中にあるの、耐えられないだろ。

 分かるよ。

 僕もそう。

 早く死にたい。

 でも死にたくない。

 インカーがいるから……。


「あ、そういえば、インカーはいたの?」

「えっ、誰ですか?」


 いなかったのか。

 それはそれは……地獄だね。

 いや、いなかった方がマシだったか?

 分からない。

 インカーのいない世界なんて、想像出来なかった。


「……なるほど。完全に同じというわけでもないんだな」

「いや、分かんないですよー? 私が知らないだけかも!」

「いやその流れであいつがいたら絶対に噛んでるから、いない」

「なるほどですねー」

「インカーはね、クリスの彼女だよ」

「ほほう!」

「だから僕は早く、この体をあいつに返さないといけないんだ」

「……返したら、リノさんは?」

「えっ?」

「また死ぬとか言うんじゃないでしょうね?」

「し、死なないよ……」


 刺すような視線にドキリ、とする。

 アイリーンは、初対面の相手とは思えないくらい的確に僕を見抜いてくる。

 ああ、事実なんだな、と思った。

 彼女は僕のことを、もしかしたらクリスよりも、よく理解していた。

 僕が自分のことを罰したいと思っているのに気づかれていた。

 異世界の僕と、この世界の僕。

 みっともないくらいシンクロしてて、嫌になる。

 そっちではその後、うまくやれたか?

 インカーは見つけられたか?

 僕は、僕らは……。



 特に目当ての講義なんかを調べてきたわけではないので、ざっと医学院の中を案内してもらって、アイリーンとは別れることになった。

 今までうちの大学のキャンパスに遊びに来る連中の気が知れなかったけど、今回は結構楽しめたな。何というか、違う空気を体感した。どこの大学も変わらないなーと思う部分と、これは羨ましいな、と思う部分と、えっそんなことある?と思う部分。具体的に言うと角が立ちそうだから言わないけど、全体的に興味深かった。

 それはやっぱり、案内役の存在が大きかった。


 まあ、香港大学に留学することはないと思う。

 僕がこのまま死ねずに、今の分野で仕事をするとしても、今の大学に残るだろう。

 クリスと離れるなんて考えられない。

 もう二度と、離さない。

 それでも、ちょっとは惜しいなーなんて感じる自分もいて、やっぱり僕は自己中だな、と内心呆れる。

 よせよ、僕。

 このくらいが丁度良いんだ。

 これ以上親しくなると、僕は醜くなるから。



「僕、日本で医学部生やってるんだ。僕があいつを起こしたら、僕が元の体に戻ったら、君にまた会いにくるよ」

「えっ? 何でですか?」

「あれ? そういうのじゃないのか……」


 なるほど。ただの友達だったというわけね。

 思い違い、早とちり。結構恥ずかしい。


「あっ、観光に改めてってことですか!? 良いですねー、クリスさんもインカーさん?も連れて、皆さんで是非!」

「んー、それもいいね」


 じゃ、と連絡先を交換して、ツーショをお互いのスマホで自撮りしてさようなら。

 クリスが起きたら、あいつらから離れる良い言い訳に使わせて貰おうかな。

 なんて。

 ちょっと考えて、

 なんか泣きそうになった。


 僕のことを真に理解してくれる人が、

 クリスとインカーの他にもいた。

 それはとても稀有なことで。

 大切な友人だからこそ、

 巻き込みたくない。


 そう、ただの友達なんだ。

 それって、僕にとっては、

 唯一無二の尊い絆だった。


 再見、香港。

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ある一般男子大学生の遠征 千艸(ちぐさ) @e_chigusa

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