第8話〜罪人の丘〜

 この丘には、人に踏み荒らされていない花々が気ままに咲いていた。

 やはりキースの言っていた通り、人が寄り付かない場所のようであった。


「帝都の薬草は品質が良いんだけど、高価でそうそう買えない。だから、この丘や森に生えている薬草で代用するんだ」


 そう言いながら薬草を探すキースは、だいぶこの作業に慣れているようで、見逃してしまうような場所から薬草を見つけていく。 

 ティナも薬草を探すがなかなか見つからなかった。


「薬草探しって難しいのね」


「まぁ……俺も最初は全然ダメだったけど、必死に探すうちに慣れてきたんだ」


 その言葉は病身のリフィルを救うために、言葉通り彼が『』であったのだとティナは思えた。


§


 ティナはキースと薬草を探しながら驚いたことは、探している途中で魔物モンスターが出て来ても、それをキースが難なく倒してしまうことであった。

 キースは双剣そうけんを使い、互いの手に持つ剣と剣はまるで軽やかに踊るように魔物モンスターを斬っていった。

 

「ねぇ、キースは何をしてる人なの? 戦いに慣れているみたいだけど……」


「ん? リフィルが倒れるまでは、一緒に魔物モンスターの狩りをして暮らしてた。それでいだ毛皮とかを町に行って売ったりするんだ。だからこう見えて意外に強いんだぜ」

 

 ティナも彼に負けじと応戦をする。

 こうしていると、戦っている最中は余計なことを考えなくて済み、彼女にとって確かに気晴らしとなった。

 

 そして徐々に気分も落ち着いて来たので、砂浜で倒れていた以前の記憶が曖昧あいまいということをキースに打ち明けた。

 それでも彼女の憶測おくそくいきを脱しない、過去から来た可能性の話は彼に伏せた。

 それは自分自身が話してしまった場合、スタンとフィリアには二度と会えないということを認めてしまいそうだったからである。


「そうか……何か手伝えることがあれば言ってくれよ」


キースはそう優しく言い、少し足を伸ばして瘴気しょうきが出た森とは別の森へ薬草を探しに行かないかと、ティナを誘った。


…………

……

 森では予想より多くの薬草の収穫ができた。

 二人が森から出てきた時には、今にも一雨ひとあめ降りそうな雲があった。


 キースもその空模様を見て、


「よし! そろそろ帰るか。採れたての薬草でリフィルにスープを飲ませてやらなくちゃ。さあ一緒に帰ろう」


 と言い、小屋の方へ足を進める。


 森で一幕ひとまくはあったものの、森へ入る前より二人は互いの距離感が近くなり、会話も自然になってきた。


「わたしも一緒に?」


「なに言ってんだよ。もちろんだ。何か思い出すまでいればいいさ」


 ティナは彼の心遣こころづかいに感謝した。

 正直まだ記憶が断片的な部分もあり、それが彼女に引っかかっていた。


「ありがとう、キース! いつかお礼をするわ」


「困った時は助け合わないとな。しかしティナもなかなか戦えるじゃないか! なにかやっているのか?」


「ううん、お父さんに剣術を教えてもらっているだけよ」


「へぇ……よっぽど強いオヤジさんなんだな」


「うん! お父さんは元騎士団長だったんだよ! スタン・コールって言うんだけど……」


 父親を褒められてティナは嬉しそうに言った。

 

「え……? 今、スタン・コールって言ったか? ……」

 

「そうよ、もしかして知ってるの?」


 キースはゆっくりと歩みを止めた。

 彼の表情が徐々に曇っていく。


「ああ、名前だけは……。ちなみに、ティナのおふくろさんの名前は……?」


(お父さんの名前を知っている!  もしかしたら、この世界は未来なんかじゃないかもしれない!)


「フィリア・シェールよ!」


「……」


 その言葉を聞いてキースは口を閉じた。

 ようやく口を開いた時、彼は何かを決心したようにティナに言った。


「ティナ……。アンタは悪いやつじゃないと思う。嘘も言ってなさそうだ。少し着いてきて欲しい」

 

 そう言うと彼は小屋とは違う方向へ一人歩き始めた。

 ティナは急に彼の様子が変わったことに、なぜか不安を覚えながら着いて行った。


§


 向かう途中から雨がポツポツとティナたちを打ち始めていた。


(キースどうしたんだろう……。黙り込んで……)


「ここだ……」


 そこは丘の間に深い地割れが起きているところであった。

 底が見えないことからその深さがうかがえる。

 そしてその地割れの手前には、石碑のようなものがある。


「いいか、ティナ。これから話すことは嘘じゃない。信じて聞いて欲しい」


 キースはティナの方へ向き言った。

 彼女を見るその眼差しは他意たいなどなく、純真なものであった。


§


 雨は先ほどまでの緩やかなものではなく、今やティナたちを鋭く打っている。

 時折、風が突き放すように吹き、その勢いに花々が身を投げ出しそうになる。

 

 

「この丘が罪人の丘と呼ばれるのは、まだ転生帝国暦ではなく王国暦二千年という時代に、転生者を殺そうとした人間たちがいた。その人間たちを処刑する際に罪人としてそこへ投げたからだ……」


 強い風が彼の言葉をさえぎった。

 まるでその続きをはばむかのように……。

 

「っ! その転生者は、現在の皇帝の祖父にあたる人らしいが、名前は……アルベルト・マグナスという……」


「……」


 ティナはその名を聞いて、頭の中にバラバラになった光景が集まり始めた。

 その光景はアルベルト・マグナスが祝辞を述べたこと……。

 そして最後に……。

 

「そして転生者を殺そうと人物は……。その石碑に名が彫られている……」


 ティナはゆっくりと石碑に近づく。

 その石碑は人々に忘れ去られたように、こけおかされ今は雨に打たれていた。


『――王国暦二千年、スタン・コール、フィリア・シェール、大罪を犯しここに処刑す――』


 そこにはただ無機質に事実だけが彫られていた。

 

(嘘よ……。なにかの間違いよ……。お父さんが……お母さんが……死んだなんて……)


「っ嘘よ! 嘘!」


 その言葉とは裏腹に、彼女の中で分裂していた光景が鮮明に繋ぎ合わされた。


 今ティナは全てを思い出した。

 

 顔を両手で塞ぐ。

 身体の力が抜け、膝を地につける。


「っいやぁああぁあああ!!」


 雨の中、ティナの声が罪人の丘に響く。

 涙とも雨とも分からぬが彼女の頬を濡らし流れゆく。

 意識が遠退いていき、彼女の世界は再び暗闇となった。

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異世界転生者のエピローグ〜闇堕ち英雄と時の姫〜 右野鐘 @wordworkhard

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