22. 戦士タキオの父(最終回)

 シムノサ平原に冷たい風が吹きすさぶ。


 この地一帯が、冬本番を迎えようとしているのだ。

 俺は、毛長象ボントの引く荷車の上で腰を下ろし、マントの合わせを引き寄せて冷気の侵入を阻もうとした。

 足元には「七芒星の魔導士」の体が、顔まで毛布をかぶせられ横たわっている……


 ささくれ巨人を仕留めた後、そのまま谷底で朝を迎えた俺は、ジャコーインの洞窟から使えそうなものを掘り出し、魔導士と杖を運ぶための担架をしつらえた。

 一人でそれを引きずりながら、なんとか街道まで辿り着き、街へむかう隊商に拾ってもらったのだ。


 まったく、魔導士というのは始末に負えない連中だ……


 俺が心中で囁くと、足元の毛布がもぞもぞと動き、指が這い出てその顔をさらした。


「それが、魔導士の魔導士たるゆえんというものだ……」

「俺の心を読むなよ……」


 ドルイエは口元を歪めて、いつもの笑みに似た表情を浮かべた。


「読んではおらん。おぬしがわしに話しかけたのだ。どうやら、念話の術を会得したようだな……」


 ドルイエは生きていた。


 死んだように見えていたが、俺はドルイエの握る杖に嵌められた七芒星の中心で、魔石が明滅する光を放っているのに気づいた。

 深層治癒術式による仮死状態に落ちていたのだ。


「あんたといると、余計なことまで身につきそうだ。杖の光に気付かぬふりをして、埋めちまえばよかったかな」


 俺のからかいに、ドルイエは意外にも真摯な目を向けて言った。


「タキオ……おぬしにまだ礼を言ってなかったな」


 俺は虚を突かれて言葉を失った。


「長年、わしの心中を苛んでいた〈ささくれ〉が取れた……おぬしの……おぬしと父御、戦士レイ・ドのお陰だ。とりわけ、おぬしのお陰だ」


 伝説の魔導士の謝辞に、俺は言いしれぬ居づらさと喉の奥からこみ上げる熱を感じた。

 〈ささくれ〉なら、俺の中にもあったのだ。ドルイエのそれに比べれば、小さく浅いものだったかもしれない……そして、そのことに触れてもドルイエは喜ぶまい。

 だから、俺は他のことで彼の言葉に応えようとした。


「俺は……今度の巨人退治で、色々見えるようになった気がする。戦いや魔法のことだけじゃない。仲間や敵……人間との関係で、どんなことが起こり得るのか……今ままで考えたこともないようなことが見えるようになった気がする。あんたのお陰で……」


 ちょっと素直に吐露し過ぎた気がして、俺は付け加えなくてもいいことを口にした。


「……あんたの嘘も見破れたしな」


 ドルイエは今度ははっきり唇を歪めて苦笑した。


「見えるようになった……か? どうかな。おぬし、この平原への道中で道に迷わなかったか?」


 一瞬、ここまでの旅を思い返して俺は息を呑んだ。

 明確に思い当たる節があったのだ。


「ニクミン峠の森の奥で、三又の分かれ道をどっちに進むべきか迷っただろう。あそこは夜を越すには危ないところだ。道を間違えれば命に関わる。だがそこで、通りかかった行商の老婆に正しい道を教えてもらったな?」

「まさか……あれは……」

「わしが宵闇を利用した幻術で見せた幻よ。それに気付かぬばかりか、魔導士にこっそりあとをつけられていることも見えておらなんだわけだ」


 完全にしてやられた。

 この魔導士は、はじめから俺の巨人退治に付き合うつもりで平原へ来ていたのだ。


「まだまだだな、タキオ……」


 その言葉を聞き、俺は恥ずかしさの前に幼い頃の思い出を呼び覚ましていた。

 まだまだだな、タキオ……

 その言葉の調子……そして、それを言った時の目の光……


 似てるな……

 俺は苦笑すると、魔導士の体をそっと爪先で小突いて空を見上げた。


 灰色の雲間からは、雪が降り始めていた。


ささくれ巨人と七芒星の魔導士


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ささくれ巨人と七芒星の魔導士 沙月Q @Satsuki_Q

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