21. 破閃光術(デルミナー)

 暴れる巨人の肩の上で、突き刺した剣にしがみつきながら、俺はあの岩陰からドルイエが這い出してくるのを見た。

 さすがの「七芒星の魔導士」も、このあり得べからざる状況にじっとしていられないようだった。


「タキオ! その剣は確かに魔剣なのか?! 〈核〉を壊す魔力の封じ込めをしてもらってあるのか?!」


 念話の声が俺の脳裏に響く。

 俺は自分の落ち度だと言われた気がして一瞬苛立ったが、そう思われるのも無理はなかった。


「ああ! ペリエの街で信頼出来る呪術師に頼んで術式をかけてもらった! 初めてのことじゃない! 前にも……!」


 巨人の右手が肩に伸びてきた。

 親父の残したささくれが、俺への刃となって迫ってくる。

 俺は危ないところでそれを避け、振り落とされないように踏ん張った。

 ささくれの刃とそれが突き立った指先からは、鈍く光る霧のような魔力の残滓が漂っていた。

 俺はドルイエに直接聞こえるくらいの大声で話しかけた。


「剣はちゃんと魔力を持っている! 耳の後ろもちゃんと刺した! それでこいつがくたばらないということは……!」


 当然の結論が、念話の声となって返ってきた。


「ということは……〈核〉の位置が違う!」


 巨人が吼えながら大きく身を反らせた。

 俺は足元を滑らせ、巨人の肩から落ちかけた。なんとか剣にしがみついて、再度体勢を整える。


「クマラハが言いたかったのは、そのことか! どこだ!? 〈核〉は!」


 そう聞きながらドルイエの方を見ると、魔導士は立ち上がり、巨人に向けて七芒星の杖を向けていた。

 

「わかったぞ……」


 ドルイエは巨人に攻撃をかけようとしている……破閃光術デルミナーを撃つ気なのだ。だがその足はふらつき、今にも倒れそうだ。力が限界を迎えようとしている……


「タキオ、そいつの〈核〉は……指先だ! ささくれが刺さっている、その指先にある!」

「なんだって?!」

「二十年前、その巨人の〈核〉を探り当てたのはジャコーインだった。だが奴は巨人退治の手柄を独り占めしようと、我らにウソの位置を伝えたのだ。巨人が我らを皆殺しにした後で、本当の〈核〉を仕留めるために……」

「だとしたら、俺の親父が剣を刺した時点で、巨人は死んだはずじゃないか?!」

「ジャコーインもすぐに巨人が死ぬと思い、自分のウソがバレるのを恐れて逃げ出した。だが、レイ・ドの攻撃は牽制で〈核〉を葬るほど深くなかった。それが逆にジャコーインには絶妙な程度だった。剣が……ささくれが、術式を誘導する装置として働くことに、後で気づいたのだ。そして奴はささくれを利用して〈核〉に働きかけ、霊操術をもって巨人を支配することに成功した……」


 ドルイエは最後の力を振り絞って、七芒星の杖を高くかざした。


「タキオ! 巨人をこちらに引きつける! 指先のささくれを打って深く叩き込め!」

「やめろ! 無茶だ!」


 俺の静止に構わず、魔導士は破閃光術デルミナーを放った。


 凄まじい閃光と震動。


 攻撃を受け、怒り狂った巨人はドルイエの方へ向かっていった。

 ささくれの刺さった右手を伸ばして、ドルイエの体をつかもうとする。

 俺はままよと剣を離し、肩から巨大な右手の上を駆け下りた。

 旋刃棍ギムファーを逆さに持ち、ささくれ目指して突っ走る。


 巨人の手が立ち尽くした魔導士の体を跳ね飛ばした。


「!」


 俺はその手の甲に膝をつくと、渾身の力を込めてギムファーをささくれに振り下ろした。


「然神ミオージンの名のもとに!」


 親父の残した剣の切っ先が深く沈み、魔力の残滓が光りながら大きく広がった。

 巨人が咆哮し、俺の体を振り落とそうとする。

 落下する寸前、俺はもう一撃をささくれに叩き込んだ。


「万象の縛り今ここに解き放たん!」


 次の瞬間、俺は崖の斜面にまで飛ばされ、そこから転げ落ちた。

 そして見た。

 ささくれ巨人の体が、赤い土くれとなって崩れていくのを……


 その全身が完全に崩壊するまで、大した時間はかからなかった。

 あとには、長年ささくれとなっていた魔剣の切っ先だけが残された。


 俺は痛む体を引きずりながら、七芒星の魔導士の元へ向かった。


「ドルイエ……」


 揺り起こしても、魔導士の体は微動だにしなかった。

 息も止まり、脈もなく、さっきまで響いていた念話の声もしない。


 俺はその場に座り込んだまま、夜の帳が渓谷を包んでもそこを離れなかった。

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