20. 誤算

 巨人に気づかれぬよう、その真下まで近づいた俺は、奴がしがみついている崖の反対側の急斜面を登り始めた。

 弓で狙うのは奴の首の後ろ。そのために、なるべく高い位置から矢を放つ必要があったのだ。


「タキオ……」


 脳裏に魔導士の声が響いた。

 離れた岩陰から念話の術を使っているらしい。俺には初めて聞く心の声だった。


「うまく矢が刺さったら、すぐにそこから飛び降りろ。わしが飛ばしてやる。縄で方向だけうまく定めるのだ」

「わかった」


 俺は声に出してささやいた。念じるだけで返事を送る自信がなかったのだ。


 なんとか巨人の首元をうまく狙えそうな位置まで辿り着き、強弓に矢をつがえる。

 矢の先は特殊な仕掛けになっていた。目標に突き刺さるとフックを展開し、内側からしっかり固定出来るような構造だ。

 俺は慎重に狙いをつけて、ギリギリまで弦を引き絞った。


「やるぞ」

「ああ、見えている。いつでも行け」


 矢が放たれた。


 狙い過たず、仕掛け矢尻は巨人の首に命中し、しっかりと固定された。

 巨人は何も反応を示さない。奴らには痛みの感覚がないのだ。このまま気づかれなければ、奴の急所である呪術の〈核〉……右耳の後ろまで楽に辿り着ける。

 俺はドルイエを信じて崖下へ身を投げた。

 

「!」


 すかさず、見えない力が俺の体を捕らえるのが感じられた。

 俺は矢に結ばれた荒縄を手繰り、巨人の首元目指して飛んで行った。巨人の足元からよじ登るより、はるかに楽で早い。

 もう少しでその巨体に手が届きそうなところで、巨人の頭がこちらを向こうとした。

 眼窩の奥の鈍い光が、俺を見てギラリと強くなった。


「気づかれた!」

 

 巨人は吼えると崖の淵から手を離し、俺を引っ張ったまま急斜面を滑り落ちていった。

 そして谷底に着くと、体を振りながら俺をはらい落とそうとした。巨大な手が背後に伸び、俺を捕まえようともがく。

 ドルイエの術による支えを失った俺は必死に荒縄を手繰り、なんとかその右肩に立った。

 この時のためにとってあった魔剣を抜き、耳の後ろを狙う。


「然神ミオージンの名のもとに! 万象の縛り今ここに解き放たん!」


 呪いを祓う祝詞を唱え、全身で剣を突き立てた。


 これで呪術により仮りそめの生命を与えられていた巨人の肉体は、素材となった元の無生物に分解される……はずだった。


 が……


 巨人の動きは止まらなかった。

 吠えながら暴れもがく巨人の肩の上で、俺は必死に剣をさらに奥へと突き立てた。

 だが、状況は変わらない。

 狼狽する俺の脳裏に、魔導士の声が響いた。


「なぜだ!」

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