19. 脱出

 ジャコーインの洞窟は、思いのほか俺たちが巨人と遭遇した渓谷に近いようだった。

 いや、洞窟自体が渓谷の一部なのかもしれない。

 俺とドルイエは、崩落する土砂を避けて洞窟を後戻りし始めた。


「クマラハの弓を!」


 ドルイエの言葉に、俺は洞から一番近い横穴を探り、クマラハが遺した強弓と荒縄に繋がった矢の束を見つけた。

 俺たちは洞窟の入り口目指して駆け出したが、洞を離れるとあっという間にあたりが闇に包まれた。俺はベルトから携帯用の固形油ランプを取り出して行く手を照らした。

 大して進まぬうちに、魔導士の息が上がりその足元がおぼつかなくなってきた。


「大丈夫か?」

「治癒術式の効き目が薄れてきている……早くケリをつけなければな……」


 俺はドルイエに肩を貸し、歩を進めた。

 洞窟の入り口はまだ先のようだったが、俺は通り過ぎようとした横穴の一つの奥から微かな光が指しているのを見た。


「こっちだ!」


 狭い横穴の突き当たり。外の光が指す岩肌の割れ目を俺は力任せに蹴って、こじ開けた。

 全身で割れ目の土砂を削りながら、俺とドルイエはなんとか外へ出た。

 やはりそこは渓谷の中。俺たちは崖の中腹に出てきたのだった。


「奴がいるぞ……」


 ドルイエが少し離れた崖の上を指差した。

 ささくれ巨人は崖の端にしがみつき、その向こうに開けた穴の中をのぞいているようだった。

 俺たちは身を低くして息を殺した。


「奴は何を探しているんだ? ジャコーインか?」


 俺の疑問にドルイエは答えた。


「うむ……ジャコーインが呼び寄せ、今際の際に助けを求めたのだろう。主人の必死の呼びかけに洞窟の天井をぶち破ってはみたが、すでに命令の主はいなかったわけだ。今、あいつは意志を持たぬ己と、術による束縛の間で宙ぶらりの状態に違いない。自分から動き出すまで、しばらくかかるやもしれぬ」

「つまり……やるなら今ということか?」

「そうだ、やるなら今だ」


 ドルイエは立ちあがろうとしたが足元をふらつかせ、尻餅をついたまま崖を滑り下りていった。

 俺は後を追って、谷底で横たわってしまった魔導士の体を起こしてやった。


「無理するな。あとは俺に任せろ」

「情けない……ここから出来るだけの援護をする。気をつけて行け……」


 俺は手近の岩陰にドルイエを避難させると、弓を手にして外に出た。


 最後の勝負に出る時が来たのだ。

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