エリカ
朝起きると私は泣いていた。夢を見た記憶はなく、目が覚めたら涙で枕が濡れていた。
昨日の出来事が脳裏から離れず寝不足でもあり、明らかに体調が悪い。バイト先には出向いたがあまりの顔の色の悪さに早退することになった。みんな思ったよりもずっと心配してくれて、此処に来て初めて…というよりはこの数年間で1番優しさが胸に沁みているのを感じた。とても小さなことではあったが、心配してもらうことがこんなにも嬉しいのかと。そして紆余曲折して思った。
自分が思ってるよりも「いい意味」で人は自分の事なんかどうでもいい。この世の中で変わりがいくらでもいるって言われるとなんか「ムッ」っとするけれど、それはそれで気持ちは楽なんだ。仮にその人にとって自分が換えの利かない存在だとしたら、もっともっと「オオゴト」になるのだろう。人間様が大嫌いな「責任」も生まれる。だからそうならないのは当然のこと。それでも恐らく人間という生き物の脳に「搭載」されている、本能的な「気遣い」や「優しさ」という行動や感情があるお陰で、程よい距離感が生まれ、助け合いこの世界は廻ってる。それがなかったらとっくにこの世の中は存在しないのではないか、とすら思う。どこかの国と国がドンパチやって、あっという間に何もなくなってしまうのだろう。そうならないように平和的世界を「どうにか」作り上げてきた「人間」の事を私はきっと嫌いになりきれないのだ、と。
そしてその夜、ここまで解釈しきって私は一人で大泣きした。
寂しくて。悲しくて。嬉しくて。
この3つの要素が入った純朴な涙が頬を伝った。
こんなことはいつぶりだろうか。
そんな状態のままその日も23時。残酷にも「向こう」の世界に私は降り立つ。でもなぜか今日は女の声が最初から全くしなかった。そしてふとポケットの中身を確認した。すると無造作に詰め込んでいた私のコッカチケットが2枚から1枚に減っていた。
正直とても嬉しかった。と、同時に女の声が聞こえてきた。
「あなたの感情が浄化され、コッカチケットの枚数が1枚減少しました!おめでとうございます!あと24枚で…」
増えた時と同じ言い回しに同じテンションで、チケットが減った事を伝えられた。すると絵に書いたように目の前が蜃気楼のごとく歪み、いつも以上にテレビの音が賑やかに響く自室の光景が目の前に広がった。寂しすぎたからなのか、先程までは全く気付かなかったが、音量が上がりまくっている。
「…ここはいつもの世界線?」
そして足元に1枚のコピー用紙のようなものが落ちていた。そこにはこう書かれていた。
「先程あなたの心は1段階「浄化」されました。コッカルールでは心が浄化される現象が見受けられた場合、持っていたチケットを一端減らした上、こちらで保管致します。さらに保管期間中、チケットは無効化されます。ですが再び心が著しく「濁り」始める状態になった時、再度チケットを有効にし、鎖国心家への移住という形で、現在の世界との関係を完全に遮断する作業を再開させて頂きます。今回の鎖国心家関連の出来事について詳しくはお答えできませんが、ひとつだけ。これはとある未来の「ご自身」からのご依頼でございます。この事を踏まえ今後もこちらの世界でお過しいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。申し遅れましたが、ご案内はエリカでした。それでは」
どうやら、近未来には過去の自分の心情を塗り替えることで「何か」を変える事ができるシステムが存在するらしい。二日前までのスピードで、対「人間」に向けた心のネガティブキャンペーンが続くと、将来の私や私の「何か」が取り返しのつかないことになってしまう。だから今のうちに手を打つなり、お灸をすえておく、ということなのだろう。
起こり得ない出来事だとは思いつつも、妙に納得してしまった。心の淀み方の加速度と減速度。これとうまく付き合っていく。これが今の私に課せられた課題と言うことだ。
すこし生きる「気力」が湧き、すこし生きる「口実」ができたような気がした。
エリカ
コッカチケット1枚
保管期間に移行
鎖国心家 もにもに @monimoni4820
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