きっと忘れない

 ゴールデンウィークの最後の土曜日。

 あと少しで世の中の連休が終わるが、まだあと丸一日残っているので外に出かける人は多いのだろう。

 おびただしい人が行き交う繁華街。その中の一角で肩を並べて歩く二人の人陰があった。

「あの時はホンッ………トウにビックリしたよ」

「流石にオレもアレはビビった…」

「どうにかして止められなかったの?ショウ」

「カズさぁ、あのギルマス止めるのは無茶だぞ!」

 ショウと呼ばれた少年は、降参と言わんばかりに肩をすくめて、両手を頭と同じくらいの位置にあげながら返答する。

「はぁ……それもそうか」

 ショウ少年の返答にカズと呼ばれる少年は、ため息をつきながら現実を受け止める。

 お互いをカズ、ショウと呼び合うのは、《ミックトライブ・ヘイム》プレイヤーであり、《寂しがりの妖狐》のメンバーの《ユキ》と《アズ》だ。

 そんな会話をしながら、二人は目的地である駅前に向かう。

 二人が何故、駅前に向かっているのかは約一週間前にギルドマスターのとある暴挙?に理由がある。



 ゴールデンウィーク前半の日曜日、日付変更線を越えた午前一時。


 結局のところ、ギルドメンバーが全員集まってもマスター《ディア》の無双は変わらなかった。しかし、気のせいであってほしいのだが、先ほどの四人で行ったクエストよりか暴れまくっていたような気がした。

『《ディア》フハハハハ!やはり全員が集まってクエストに出ると楽しいもんだな!!』

『《?》全く…ほとんどmobを倒したのお前だろ!』

『《ディア》ん~?聞こえないな~?』

『《?》オイコラ!』

 そんな《ディア》を叱っているのは、《ディア》の唯一のストッパー?でギルドのサブマスターを務めている《ルキ》という紺色の装備に髪をポニーテールで纏めている男性プレイヤーだ。

『ほんとに私たちの出番なかったわね』

『タンクの俺が居る意味あったか?』

『はやとはいなくてもよかったね』

『リュウガ君駄目だよ!そんなこと言ったら!』

 その他のギルドメンバーもチャットで賑わっている。

 現在、ギルドのロビーには全ギルドメンバーが集まっていた。ギルド《寂しがりの妖狐》のメンバーは現在九名在籍しており、ギルドマスターの《ディア》をはじめに、サブマスターの《ルキ》、ギルドが出来て間もない時期にほぼ同時に加入した《ユキ》《アズ》《ルト》の三人。そして、三人が加入して数か月後に残りの四人が加入してきた。

 どうやら、その四人はリアルでも知り合いみたいで、ゲーム内チャットでも仲が良いことが伝わってくる。

 今現在俺達ギルドメンバーは、ギルド内ロビーにあるテーブルを囲んでチャットしていて、マスター《ディア》から時計回りで、《ルキ》《ルト》《ユキ》《アズ》の順で並んでいて、残りの四人は《ディア》と《アズ》の間にいる。

《アズ》の隣から褐色肌ですらっとした長身でタンクの《ハヤト》から始まり、オレンジ髪の魔法職の《フィーナ》、白髪で小柄なアバターのヒーラー《ユリカ》、

そして最後に銀髪で小さな角が生えた武闘家リュウガの順で座っている。

『《ディア》そうカリカリするなwwイベント限定アイテムは皆ゲットできただろう?』

『《ルキ》まあ、ディアのおかげ?で早めには手に入れられたな』

『《ディア》何故疑問形なんだい????』

『《ルキ》誰かさんが大暴れしなければよかっただけの話なんだけどな~』

『《ディア》このギルドに入ったのが運の尽きだwww諦めろwwww』

 《ディア》と《ルキ》はゲームだけではなく、現実でも知り合いみたいで仲が良い?チャットをしている。

 俺はこの辺りから記憶が無い。この時には寝落ちしていたらしい。

 これからのチャットの雰囲気は後で《アズ》から聴いたのだが、《アズ》が話す合間合間にため息が漏れていたのは聞かなかったことにした。


『《ハヤト》あそこで俺がヘイト買ってたからお前は側面から攻撃すればスムーズに狩りができただろ』

『《フィーナ》それはユキとかルトちゃん達の役回りでしょ!!アタシが急にそこに入ったら二人が困惑するじゃない!!!』

『《ルキ》ハイハイ、二人ともストップ~ケンカしない~、それはそれとして立ち回りは変えなくても余裕で勝てたからいいんじゃない?』

『《フィーナ》そうだそうだ~』

『《ハヤト》あ”あ”?!』

『《ルキ》ほーら、フィーナ煽らない』

 《ユキ》が寝落ちしてから二十分程経ってもチャットは賑わっている。

『《ルト》あれ?ユキ君、もしかして寝ちゃったのかな?』

『《アズ》確かにさっきから出てきてないな』

『《ディア》なに!?今日は重大発表があるというのに寝落ちしたのか!!!!』

 《ユキ》の寝落ちに気付いた《ルト》と《アズ》に対して、《ディア》が爆弾発言になるであろうチャットをして突っ込んでくる。

 あとから《アズ》と《ルト》から聞いた話だが、《ディア》のこの発言から「明らかに雲行きが怪しくなった」と。

『《ルキ》なんだよ、重大発表って?俺聞いてないぞ?』

 現実でも《ディア》のことを良く知っている《ルキ》も困惑しているらしい。

『《アズ》え!なんですか?重大発表って』

『《ルト》何の発表ですかね?』

『《フィーナ》な~んか嫌な予感がするんだけど…』

『《ハヤト》俺も同意…』

『《リュウガ》えー!おれはおもしろそうだとおもうけど?』

『《ユリカ》あー、えっと、そろそろ私落ちますね』

 それぞれが重大発表の内容が気になったり、何かに察して懸念するメンバー、中には発表内容を聴かずにログアウトしようとするメンバーまでいた。

『《ディア》フハハハハハハハ!気になるだろう?気になるであろう?では聞かせてやろう!!!では、少し待て!』

『《ルキ》オイオイ…まさか、またあの課金アイテム使うのかよ…』

 《ディア》の行おうとしている事はギルドメンバーなら察しがつく。彼女は定期的に何かを聴いて欲しい内容のチャットを打つ際に課金アイテムを使う癖がある。課金アイテムと言っても、賑やかにするだけの《ハッピークラッカー》という、一度使えば消耗するアイテムだ。

 そのアイテムの効果は”指定したチャット打ったときにクラッカーとラッパのイラストと音声が同時にでる”というだけのアイテムだ。そんなものにコンビニのおにぎりと同じ位の値段がするとは近年の物価上昇は怖いものだ。

『《ディア》そろそろ皆が親しくなったと見越して、私がやってみたいことがあってだな!』

《ディア》が《ルキ》のチャットを無視をして本題の内容を打ってくる。


『《ディア》ここに宣言する!!!初の《寂しがりの妖狐》オフ会開催決定だーーー!!!!!』


 チャットと同時にギルドメンバーのそれぞれのスピーカーから五月蠅いくらいのクラッカーとラッパの電子音が鳴り響く。

 《ディア》の重大発表に呆気にとられ、少し間が開いたあと

『『『『『『『《アズ・ルト・ルキ・フィーナ・ハヤト・リュウガ・ユリカ》えぇーーーーーーーー?!?!!!』』』』』』』

 そのあとに送られてきたチャットは、問題の張本人の《ディア》と寝落ちしていた《ユキ》を除く全員が文字通り一字一句同じモノだった。



────────────────────────



 そんな出来事が先週の週末にあって、ユキはギルドメンバーで唯一のリアルで友人の《アズ》ことショウと一緒に目的地の駅前の広場に向かう。

「しっかし、こんなに近くでオフ会するとは思わなかったな~」

「流石に駅を一つ二つは跨ぐとは想定したけど、まさかあそことはね…」

 目的地の広場の近くにある駅にユキとショウは自宅から歩いて向かっている。コレには理由がある。ギルドにある”出来るだけギルドメンバー同士のコミュニケーションを取る”という方針ともう一つ条件。

 ”とある地方都市の大型商業施設化としている駅に自力で行ける者のみ加入可”

というプライバシーポリシーの欠片もない条件だった。

 自己申告制とはいえ、思い切った条件だったことは加入してからもうすぐで半年経つが衝撃的過ぎて今もなお覚えている。

 こんなぶっ飛んだ条件だったが、ユキとショウは入るギルドを探している当時、寂しがりの妖狐を見つけた際、面白半分で入ってみたが思いのほか居心地がよく、結局そのままこのギルドに在籍し続けている。

 条件対象の駅自体はユキやショウの住んでいる地域から電車で約三十分で行ける為、二人とも条件は満たしている。

 だが、実際には今回のオフ会の集合場所は何故か条件対象の駅ではなかった。一応、条件対象の駅から集合場所の駅までは、そこまでの距離はないのでギルドメンバー全員が集合可能とのことだった。その集合場所の駅とは、まさかのユキとショウの最寄り駅だった。    

 ユキ達は普段から利用している駅でもある為、迷わず目的地への最短ルートで向かう。

「そろそろ待ち合わせ時間だし皆ついてるのかな?」

「オレ達はいつも来てるからから迷わず行けるけど他の奴らは大丈夫か~?」

 他のギルドメンバーの心配をしているが、俺達は待ち合わせ場所に直ぐに行けると高を括り、意外と…いや、予想通りに待ち合わせ時間ギリギリの時間で移動している。

 ユキとショウは自分達を棚に上げて話してるうちに今回の待ち合わせ場所の駅前の広場に待ち合わせ時間の五分前に到着する。

「カズ~、ところでこの広場の何処集合だっけ?」

 ショウが広場の入り口に着くなり集合場所を訊いてくる。

「えーと、ちょっと待ってて」

 俺もど忘れしていたので上着のポケットから携帯端末を取り出し、念のために連絡先を交換していたオンラインコミュニティアプリを起動し確認する。

「お!俺達とルト以外のメンバーは集まってるって!」

「マジか!何処だ!」

「えっとー…!!、噴水の前だってさ!」

「よし!行くぞ!」

「え、ちょ、ま、待って」

 ショウが広場入り口の反対側にある噴水まで小走りで向かってしまったので、ユキもショウを追いかける形で少し遅れて向かう。

 そして、ショウよりか少し速く走り、ほぼ同時に噴水に到着する。到着してすぐに噴水の周りを見渡すとユキ達に少し離れていて噴水の近くに男女の六人組を発見する。

 他に見渡しても噴水の周りに他の人影が見えないので恐らく、人数を考えてもあの六人組だと判断して良いだろう。

 俺はショウとアイコンタクトをして、今度こそ一緒にギルドメンバーであろう六人に向けて歩き出す。

 二人で近寄ると、女性の中で一番背の高い人が此方に気付く。ぱっと見、モデル顔負けの女性だ。

「おやおや?もしかして君たちが?」

「えっと、一応確認ですが《寂しがりの妖狐》のメンバーですよね?」

 此方に気軽に話しかけてきてくれたが、一応初対面なので失礼のない様返答する。

「そうだとも!!君達は二人ということは、ショウとユキかな?ルトは少し遅れそうと連絡がきたし」

「そうです。とりあえず簡単に自己紹介でもしましょうか。俺が《ユキ》で此方が」

「《ショウ》です、今後ともよろしくお願いします」

 俺達がPN(プレイヤーネーム)で自己紹介すると背の高い女性の後ろから他の五人がこちらを窺ってくる。どうやら、話しかけてきた女性の後ろの方で話していたようで此方に気付くのが遅れたみたいだ。

「なぁ、もしかし──」

「すいません!!!!遅れました!!!」

 話しかけてきた女性の後ろにいる茶髪の男性が話しかけようとしてくれた、と同時に俺とショウの後ろから少し焦った声が飛んできた。

俺が後ろを振り向くと、そこには黒髪で眼鏡の女の子が肩で息をしながら立っていた。

「はぁ…はぁ…す、すいません…少し迷ってしまって…」

 女の子は俯いて息を整えていた。数秒かけて息を整えたあと顔を上げ、此方を見てくるが、その拍子に彼女が掛けていた眼鏡が女の子が立っているアスファルトの上に落ちた。


 俺と彼女が初めて出会った日。

 今日のことは、きっと忘れない。

 いや…────この”瞬間”は。

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桜は輝き、雪は奏でる ユキネコ @yukineko_yuki

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