突発的な無茶振り

【《ユキ》がログインしました】


 ≪ミックトライブ・ヘイム≫


 去年の秋頃にリリースされた新規MMORPG(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲーム)だ。まだリリースして半年しか経っていないが、高クオリティのグラフィックやおしゃれ度の高い衣装・装備、自由自在なキャラクターメイク、選択可能な十以上の種族などのコンテンツ豊富なこともあり、つい先日に総ダウンロード総数が三百万を超えたばかりの人気上昇中の期待度の高いネットゲームだ。

 俺こと《ユキ》は、ログインしてすぐに赤髪の自分のアバターを動かして所属しているギルドのロビーに向かう。

『《ユキ》ログインしました!今日からのイベント参加します!』

 ギルドのロビーに到着して、ロビー専用チャット画面を開き、現在ログインしているギルドメンバーに自分がログインしたことを伝える為にチャットを打つ。

『《?》おっそいよ!!ユキ!もうすぐで今いるメンツでクエスト行くとこだったよ!!』

 チャットを打ってすぐに返信がくる。

 ロビーに入り、すぐに横に移動してくる褐色黒髪の女性アバター。チャット返信してきた相手であり、先ほど携帯端末に連絡してきた友人アズだった。

『《ユキ》悪い悪い、今の今まで寝てたわ』

『《アズ》まったくも~、まぁ、今来たユキ含めても四人しか集まってないけどな!』

『《ユキ》適正メンバー人数ギリギリじゃん!』

『《?》そうだよ~、逆にユキ君が来てくれて助かったよ。三人だとつまらくなりそうだったし…』

 《アズ》とチャットをしているともう一人がチャットに入ってくる。

 俺のことを《ユキ君》と呼ぶギルドメンバーで、健康的な肌色と透き通っている様な薄い水色の長髪、そして、少しヒラヒラとした和風の装備を着た女性アバター。

 俺と《アズ》と同時期にこのギルド《寂しがりの妖狐》に加入したプレイヤー《ルト》だった。

『《ユキ》おはよー、ルト。ていうか、四人ってあとの一人は誰?』

『《ルト》おはよう!もう夕方だけどね』

『《アズ》あと一人はギルマスだな、人数集まるまでの時間で先にお風呂にはいってくるって。そろそろ帰ってきてもおかしくないけど…』

(ギルマス…先に風呂にはいるって、何時までプレイする想定だよ)

 ふと思う。今回のイベントのボス戦の難易度は、公式サイトよると中級者プレイヤーが四人居てようやく倒せるレベルらしい。

『《ユキ》なぁ、あと一人がギルマスだったら先に三人で行っても良かったんじゃない?』

 俺は自分の頭の中に浮かんだ疑問をチャットで打つ。

『《アズ》それは思ったけど、ギルマスがあんな感じだし…』

『《ルト》私も思いました。けど、ギルドの方針が…』

 二人も同じことを思っていたらしい。

 何故、三人がこの様な会話になっているのかは三人が所属しているギルドのギルドマスターの強さとそのギルドマスターが決めたギルドの方針に理由がある。

 まず、ギルドマスターの強さについてだ。ギルドマスターはこのゲームのリリース初期からプレイしている最古参プレイヤーだ。勿論、それだけの理由だけなら問題はなかった。ただ、《寂しがりの妖狐》のギルドマスターは他人が引くほど廃人プレイヤーだった。おそらく、今回のイベントのボスだけなら苦戦もなくソロで狩れるぐらいの。

 それだったら何故ギルドマスターはギルドという足枷にもなりそうなモノを立ち上げたのだろう、と俺はギルドマスターの強さを初めて知った時に思った程だ。それの理由はギルドの方針にあった。

 理由は、至極単純な事だった。ギルドマスターは《寂しがりの妖狐》の名前にもある通り”寂しがり屋”であった。

 聞いたところによるとリリースされた当時、ギルドマスターは生活の中で少しでも時間があれば≪ミックトライブ・ヘイム≫をプレイしていたらしい。そんな生活を二ヶ月程続けて気付いたことが一つ、一人でのゲームは寂しいのだと。

 という経験から、”とある条件”と”出来るだけギルドメンバー同士のコミュニケーションを取る”という方針を基に、ギルド《寂しがりの妖狐》が設立されたという。

 そのこともあって、今回のイベントも出来るだけメンバーが集まるまで待っていただけことだ。

『《?》なんだねなんだね、私の話かね???』

 スルリと黒いアバターがギルドのロビーに入ってくる。噂をすればご本人の登場である。

『《アズ》うわっ!ビックリしt』

『《ルト》そんなことありませんんよ?そんなことよりもギルドマスター、早くクエストい行きましょ』

 《アズ》は焦ったのかタイピングミスしている。《ルト》も返信しているが、恐らく内心は動揺しているに違いない。その証拠に、いつも使わないような変なポーズモーションを使いながらギルドマスターを急かしているし、《アズ》と同じでタイピングミスもしている。

『《ギルドマスター?》そんなに早く行きたいかwww』

 銀髪で全身を黒を基調とした装備で、まるで王道RPGの魔王と思わせる風貌の女性アバターが明るく笑うモーションを使いながらチャットをしている。

 その魔王の様で明るくチャットしているプレイヤーこそ、ギルド《寂しがりの妖狐》のマスター《ディア》その人だ。

『《ディア》それよりも、いつも言ってるだろ?ギルマスとかの肩書じゃなくてPN(プレイヤーネーム)で呼んでくれ、じゃないと一人悲しく泣いちゃうぞ☆』

『《アズ》ハイハイ分かりましたよ~』

『《ユキ》拗ねないで下さいよ、それともう人数は十分ですから早くクエストに行きますよ!ディアさん』

 《アズ》と俺は適当に話を流す、と同時に俺はパーティメニューを開き、三人に向けてパーティ申請を送る。

『《ディア》お!ユキはやる気満々か?そろそろいい時間だしイベに行くか!』

 マスター《ディア》のチャットを合図に、マスターを含め四人はクエストの準備をしてイベントクエストへ向かう。



────────────



「このゲーム…無双系だったかな……?」

 現実で自室のデスクトップパソコンの前に座る俺は、目の前で起きている惨状を目の当たりにして、心からの言葉が口から零れる。

『《ディア》フハハハハハ!見ろ!mobが塵芥の様だ!!!!!』

 魔王風のアバターことマスター《ディア》は、何処かで聞いたことあるようなセリフを言っている。

 俺たちは”四人”でイベントクエストに来ていた、はずだった……。

 本来、MMORPGはソロプレイヤーではない限り、他のプレイヤーと連携してmob(敵モンスター)を倒すのがセオリーだが、俺達三人(マスターを除く)のモニター画面には、それとは全くかけ離れた惨状が映し出されていた。

 ゲームウィンドウいっぱいにmobの消滅エフェクトが光り、それと同時にスピーカーから消滅音が絶え間なく聞こえてくる。

 なんてことはない。マスター《ディア》が軽く広範囲魔法を打ち、マップ上の全てのmobを殲滅しただけのことだ。

『《ユキ》マスター…あんたって人は…』

『《アズ》何度も言ってるじゃないですかやだー』

『《ルト》このゲーム、本当に協力プレイ推奨のゲームですかね???』

『《ディア》ん?こんなにも大量に経験値とアイテムが貰えるのだから楽しいだろ?ん?』

『『『《ユキ・アズ・ルト》楽しくない』』です!!!』

 マスターのストッパーであるサブマスターが居ないといつもこの惨状になる。これが日常茶飯事なのが《寂しがりの妖狐》だ。

 そうこうしているうちに、周回(同じクエストを回ること)がひと段落した頃には時刻は午後九時を回っていた。

 ゲームに集中していて気付かなかったが、起きてからまともな食事もしていないし、シャツは着替えたが流石にシャワーも浴びたい。

 ということで、約二時間の休憩することになった。実際、他のギルドメンバーのほとんどは午後十時過ぎくらいから集まることが多いので丁度良かった。

 俺はゲーム内チャットで一旦席を外すことを伝え、座っているデスクチェアから立ち上がる。約四時間も座りっぱなしだったので体が少し硬いので、けのびをしながら部屋を後にする。


 食事と入浴は一時間程で済んだ。別に急いでいた訳ではないが、食事は親が作っていてくれたものを温め直しただけで早く済ませられ、お風呂も既に湯船にお湯が張ってあったのですぐに入ることができた。

 約束の再集合時間まであと一時間待たないといけないなと考えながら部屋に戻る。因みにゲームをしないという選択肢は俺にはない。

 部屋に戻ると同時にデスクトップパソコンに通知が届いた。

 届いたのはゲーム内チャットの通知だった。

 どうせ《アズ》からのチャットだと思って開いたら違ったらしい。

「あれ?ルトからじゃん」

『《ルト》今、ログインしてるギルドメンバーがユキ君しか居ないから皆が来るまで暇つぶしにお喋りしようよ!』

 ギルド内ロビーのチャットではなく、特定のプレイヤーにだけ送れるチャットから来ていた。どうやら、自分以外にも時間を持て余した人は居たらしい。

 《ルト》は、ゲーム内で俺のアバターがいるエリアに移動して来て、近くに近寄ってくる。

 本人曰く、『ゲームの中であろうと近くに行くことで実際に話している感覚がする』と言っていた。

 俺も見習って実際に話している様にする為にゲーム画面を一人称画面に切り替える。

『《ユキ》ログインしたままご飯とか行ってたわ。今、帰ってきたばっかだけど良いよ』

『《ルト》え~!私から言い出したのもなんだけど、大丈夫?休憩してても良いんだよ?』

『《ユキ》大丈夫だよ、俺も暇になってたからちょうどよかったよ』

『《ルト》それならよかった』

 《ルト》とは、たまにこうやってチャットすることある。話の内容は主に漫画のことが多い。二人は共に漫画などの趣味が似通っていて、よく漫画の最新話の話や相手が好きになりそうな作品を布教などを話している。


『《ユキ》マジでこの前の話良かったよね!まさかのあそこで告ったのはお前マジかーと思ったよ』

『《ルト》確かにあの最後はビックリしたよ!来週の更新日が待ち遠しいよ~』

『《ユキ》あそこからどーゆー展開になるのかまったくわからんww』

『《ルト》あ~私も分かんないや(笑)』

『《ユキ》だけど、他の人達が買い物から帰ってきそう~』

『《ルト》その展開もありそうだね、でも引き延ばしされたくないなー』

『《ユキ》さっさとくっつけ!!!とまでは思わないけど先の展開は気になるな』

『《ルト》私もそれには同意かな~(笑)』

 俺と《ルト》は、とある大手出版社が運営している漫画アプリで数年前から連載されている恋愛漫画の話で盛り上がっている。

『《ユキ》それにしても、あまりリアルでこの漫画の話できないから、こうやって話できるのはいいな~』

『《ルト》私も漫画の話は全然しないよ、最近は特にないかな』

『《ユキ》俺はこの漫画読んでる奴が周りに少ないだけだから!ん?最近何かあった?』

『《ルト》あー、油断した…リアルの話ってネットではNGなのに…』

『《ユキ》あっ、ごめん!!!俺がネットリテラシーが欠けてたかも!スルーしろよ俺!』

『《ルト》…気にしないでね!』

『《ユキ》何か悩んでいるなら、少し悩みを吐き出したほうがいいんじゃない?悩みやストレスは定期的に発散するのがいいよ!』

 昔、友人に愚痴を延々と聞かされて、それで友人はスッキリしたと言っていた。

『《ルト》心配してくれてありがとう!!!今度友達に相談してみるよ』

「やっぱり、悩みとかはリアルの話だし、相談とかは実際に人に話した方が打たなくてもいいし、あんまり頭を突っ込まないほうがいいよな…」

 《ルト》の悩みは気になるが自分がどうにかできるモノではないので、これ以上話題に出さないように他の話題に誘導してお茶を濁した。


 それからしばらく話し込んでいると、約束の時間は意外と早くきた。

『《ユキ》そろそろ時間になりそうだし、ギルドの方に移るか』

『《ルト》そうだね、今日は改めてありがとう』

『《ユキ》気にしなくていいよ、さあ、皆の所に行こう。早く行かないとまたアズにどやされる』

『《ルト》そうだね』

 《ルト》はそう言うと顔を傾けて微笑むポーズモーションをしてくる。

 彼女は自然にポーズモーションを会話の中に混ぜてくる。このゲームの高グラフィックも相まって、それはまるで本当に《ルト》という人物が実際に生きている様に見えてくる。

 俺は彼女のポーズモーション技術に気を取られている間に、彼女は先にエリア転移の石碑に近づき、他のギルドメンバーが集まるロビーに移動する。

 俺も《ルト》のあと追い、石碑に近づき移動する。

 移動したときには、既に全員揃っている様だった。

『《ディア》お?やっと全員揃ったな?さあ行こうではないか諸君!未知なる冒険へ!!!!!!』

『《アズ》いや、ついさっき行ったでしょ!イベクエ』

 俺たちが着いた早々に《ディア》が号令をかけて、それに《アズ》がツッコミを入れて、ぐだぐだになりながらもギルドメンバー全員でイベントクエストに行くことになった。



 ギルドメンバー全員でイベントクエストに出てから約二時間でクエスト自体は終わった。

 クエストが終わった時間が深夜一時頃になってしまったが皆はまだ眠くないのか、ギルドのロビーで今回のイベントの新規アイテムや素材に関しての話に花を咲かしていた。

 そんな中、俺は起きてから合計七時間もプレイしていたこともあり瞼が重くなってきた。

「あれ…?昼間あんなに寝たのに……徹夜なんてするんじゃないな…」

 このままだと、この体勢のまま寝落ちしそうだったので、ゲームを終わる為のギルドメンバーにチャットを打とうとキーボードに手をかけた。

 ────まではよかった…。

 プレイヤー《ユキ》のチャットはギルドメンバーに届かなかった。

 俺は、チャットを打ち終わる直前に意識が途切れてしまった。



「んー……?ふぁ…なんだぁ~?」

 なんだか頭の上でピコンピコン五月蠅い。

 少し視界がぼやけているが、頭を動かし音のする方へ目線を合わせる。

 PCの画面がついており、ゲーム画面が見える。

 寝起きの重たい思考を動かし、状況を理解しようとする。

(確か、ログアウトしようとして…)

 どうやら俺は、ゲームを終わろうとしたところで眠気に負け、寝落ちしたらしい。

 やっと、思考の整理がついたところで今度は画面に映っている内容を見てみる。

 俺が寝落ちしていた約三十分の間にギルドマスターが”何か”宣言?をして、皆がその”何か”に反応しているようだった。

 ギルマス以外のメンバーの反応は様々で、驚いていたり、呆れていたり、乗り気?なメンバーまでいる。

 まだ、宣言の内容を見ていない俺はさっぱり状況が読めない。なので、チャットを遡ってそれらしいモノををみつけた。

 その内容は、まだ残っていた眠気が吹き飛ぶレベルの爆弾発言だった。

『《ディア》そろそろ皆が親しくなったと見越して、私がやってみたいことがあってだな!』



『ここに宣言する!!!初の《寂しがりの妖狐》オフ会開催決定だーーー!!!!!』

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