桜は輝き、雪は奏でる

ユキネコ

プロローグ

「え……ユキってそういうのが好きなのかよ?」

「えー、全然似合わないよー」

 恐らく悪気があって発したわけではないのだろう。

 そう発言したクラスメイト達は、いつもの様に下らない話の一つとして笑い飛ばしている。

「そんなわけないじゃん、何故か知らないけど今勝手に流れてだけだよ」

 俺は咄嗟に嘘をつく。

 何故そのような話になったというと、少し前に遡る────


 昼休み。

 学生なら誰しもが与えられる権利の一つだ。それは中学三年生の俺にも例外はない。

 そんな昼休みに俺はというと、夏休みの最後に徹夜で夏課題を終わらせたことで睡眠不足に陥り、机の上でうつ伏せになっている。

 このまま爆睡をしたいのはやまやまだが、午後には授業が残っている。

 それに眠れない理由は他にもあった。夏休みが終わってはいるが、現在はまだ八月の末である。

 たださえ夏は暑苦しく寝つきが悪いのだが、年々気温が上がり続けている。個人的には、この中で熟睡している奴は気絶しているのではないかと思うほどだ。

 ということで俺は、携帯端末(授業中にさえ使わなければ没収されない)にイヤホンを挿して音楽を聴いている。

 音楽、特にJ-POPは良い。少し前に個人的にハマったダンス&ボーカルグループや動画サイトから有名になった歌手、最近は流行っているアニメの主題歌まで聴いている。

 しかし、今は少しこれらとは一風変わったモノを聴いていた。

 今聴いている曲のアーティストは、動画サイト中心で活動していて、数年前にメジャーデビューしたクリエイターユニットで、その一番の特徴が一曲一曲にストーリーがあることだ。

 音楽に詳しくない俺でも歌詞の意味をくみ取れることができるし、ストーリーになっていることで、普段漫画などの物語を読む側としてはとても助かるというものである。

 うつ伏せになりながらお気に入りの曲を聴いていると、突然片耳のイヤホンを取って話しかけてきた人がいた。

「なんだなんだ~、寝不足か?ちゃんと夏課題を終わらせたのか?」

「それ、他人に言える立場かよ」

「ちょ、俺はちゃんと終わらせたぞ!」

「”僕の課題を写して”だろ?はぁ…」

 俺に話してきた二人の男子生徒、もといクラスメイトは昼休みが暇で絡んできたらしい。

 因みに二人とは学校以外だと基本会うことはないが、読んでいるバトル漫画が共通していて、教室でその漫画の感想を言い合ったり、体育の授業でたまに一緒になる程度のクラスメイトだ。

「ん~、流石に課題は終わらせたぞ、始業式の朝方に」

 リラックス中に邪魔されたのは少し腹は立つが、なるべく平然を装って先ほどの問いかけへの返事をする。

「それって…昨日の朝じゃん…」

 二人のうちの一人、片方の男子生徒に鋭い指摘していた男子生徒は呆れたと言わんとばかりにこちらを見てくる。

「んで?どうしたんだよ、何か話があって来たんだろ?」

 いつもこの二人と話すと、だらだらと雑談をしすぎて時間がいくらあっても足りないくらいだ。今は睡眠不足ということもあり、話を早めに切り上げて仮眠を再開したい、というのが本音だ。

「いやな、ユキが珍しく寝ながら何か聴いてるのが見えたからさ、何聴いてるのかな~って。ただの興味本位だよ、キョウミホンイ」

「ユキって好みの話って全然しないよね。どんな食べ物が好きで、どんな子が好みだーとかさ。だからどんなモノ聴いてるか気になるだろ?」

「なんで疑問形なんだよ…」

 疑問形を疑問形で返されて少し虚をつかれたが、確かに今まで自分自身の話をしてこなかったな、と今までの二人とのやり取りを思い返す。

 別に隠す程のものはないのだが、改めて好みとかの話をするとなると少し恥ずかしくなってくる。

「しょうがないな」

 しかし、ここまで問われたら答えない選択肢はないだろう、と携帯端末に挿してあったイヤホンを取り、二人に聴いていた音楽を聴かせようと再生ボタンを押す。

 今さっきまで聴いていた曲が再生される。

「あ……」

 再生ボタンを押すと同時に、聴いていた曲が先程のクリエイターユニットだと思い出す。

「え……ユキってそういうのが好きなのかよ?」

「えー、全然似合わないよー」

 気付いた時には遅かった。

 俺が聴いていたクリエイターユニットには、一貫としてとある特徴があった。

 

──それは、【恋愛ソング】を主に制作していることだ。──

 

 中学生、いや、男子中学生にとって【恋愛ソング】は、人によっては引かれたりする。ただ、引かれるだけならまだしも聴いているだけでからかってくる輩が一定数いるのが現状だ。

「そんなわけないじゃん、何故か知らないけど今勝手に流れてだけだよ…」

 咄嗟に嘘をついた。

 二人は、明らかに流した曲を聴いて引いていた。そのあとは、平常心をなんとか保ちながら違う曲を流して誤魔化す。

「ははっ、なんだよ!間違いかよ」

「確かにコッチの方がユキに合ってるよ」

 俺はこの言葉を交わしたのを最後に頭の中が真っ白になっていき、この後の会話を覚えていない。


──────


「ッ──!?」

 俺は自室のベットから跳ね起きた。

「……夢か…ここ最近で最悪のヤツを観たな…」

 そう、これは夢。だが、この夢の内容は約八ヶ月前に本当にあった出来事だ。

 こんな出来事は本来、些細なことだろう。しかし、実際この事が原因で二人とは徐々に疎遠になってしまった。”俺”が二人を避けるようになって、疎遠になってしまったと言った方が正しいだろうか。二人にとっては何故避けられるようになったか訳が分からないと思う。そんな些細な事だ。

 だけど、俺にはこんな些細な事でも精神的にくるものがあった。それまでの俺は、仲のいい人としか絡んでこなかった所為なのか、それともあまり自分から好みの話をしなかった所為なのか、自分が好きなものに対して否定的な事を言われることに対しての免疫力が絶望的になかった。

 俺にとってトラウマになる理由としては十分過ぎた。

 これ以上、思い出したくないな…

と思い、負の思考回路を無理やり中断させる。

 そして、意識を頭の中から目の前の現実に持っていく。

 ふと、今自分が着ているシャツが汗で雨に打たれたかの様に濡れているのに気付いた。背中にまでへばりついているみたいで正直なところ、着心地は最悪だ。

 俺は寝ていたベットから立ち上がり、部屋のクローゼットから変えのシャツをとり、その新しいシャツに着替える。

 着替えたあと、汗でびしょ濡れになったシャツを一階に降りて脱衣所に置いてあるカゴに放り込む。

 脱衣所から出た後、リビングに立ち寄り冷蔵庫からアイスティーのペットボトルを取って二階の自室に戻る。

 自室に戻るとデスクの上に置いてある携帯端末に通知がきていた。

 通知の内容を見ようとして携帯端末を取る。携帯端末のロックを開こうとして、現在時刻が目に入る。

 十六時三十二分

 どうやら俺は約十時間も悪夢に囚われていたらしい。今日は、幸いにもゴールデンウィークの初日であって学校の心配も要らない。

(まあ、今日から連休だからこそ、今日の朝六時頃まで夜更かしをしていたのだが)

 手に持っている携帯端末のロックを今度こそ開いて、通知の内容を見てみる。

 どうやら友人からのゲームの誘いが来ていた。この友人も朝までの夜更かし仲間だが、数時間前に起きてネトゲ(ネットゲーム)をしていたらしい。

 結局昨日(日付的には今日)は好きなアニメの一気見再放送があって、連絡をしてきた友人と一緒に通話しながらアニメを観ていたせいでゲームのログイン自体していなかった。

 連絡の内容は今日の正午から新しいイベントが開始したから人手が欲しい、とのことだ。

 ちょうど気分転換をしたかったので、友人にゲームのイベントに参加する旨を伝え、PCを起動してゲームの追加データダウンロードを先に終わらせる。

 そして、友人の待つゲームの世界へログインをする。

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