ささくれ =天使たちのお仕事=

あきこ

ささくれ

 喫茶店に入り高崎恭子はあいている窓際の席に足を向けた。


 恭子がカバンを椅子の上に置き、コートのボタンをはずしていると、店員がメニューと水を持ってきたので「ホットコーヒーを」と頼んだ。

 店員は笑顔で「ホットコーヒーですね。かしこまりました」と言い、置きかけたメニューを再び持ち上げその場を離れる。


 恭子は店内をみまわし、今日は客が少ないから店員の対応が早いなぁなどと考えながらコートの袖から腕を抜いた。


 いたっ


 恭子は人差し指に痛みを感じて指を見た。

 爪の根元のささくれた部分が少し酷くなっている。


 コートの繊維が引っかかっちゃった

 気をつけなきゃ


 恭子はそう思いながらコートを椅子に畳んで置いて、その横の椅子に座った。

 そして夕焼けで淡いオレンジに染まる外の景色を眺めながら小さく息を吐いた。


 おーおー、カップル多いね〜

 幸せそうで結構な事だわ


 恭子が入った喫茶店は商業施設の2階にあり、窓から見下ろすと道を行き交う人々や渋滞気味の道を車が走っているのが良く見えた。


 はあ


 恭子はまたため息をついた。

 このところ、恭子の心はささくれていた。

 特に理由もなくイライラし、恋人のあつしにトゲトゲしく接してしまっていた。


 そして、3日前の夜、ついに大喧嘩をして別れ話になったのだ。


 昨日の夜のその瞬間は、本気で別れてもいいと思った。

 向こうも多分同じ気持ちだったと思う。


 あの日は家に帰ったあとも全然未練を感じてなくて、むしろ別れてスッキリしたとさえ思っていた。


 ――だけど


 昨日ぐらいから、寂しい気持ちになってきたのだ。

 そして今はとても寂しくて不安な気持ちに襲われている。


 どうしてあんなに酷い言い方をしてしまったのか……

 反省してるけど、もう、多分、遅い……


 電話をこっちからすることも出来ず、じっとしている事も出来ないで、いつも待ち合わせに使っていたサ店にひとりで来てしまったのだ。


 謝ってももう、無理なんだろうな……


 あの時、敦も分かれることに未練も何も感じてない顔をしていたのだ。


 はああ。さすがに辛くて涙が出そうだわ。



 ~~*~~


 僕は人間の恋愛をサポートする部署で働く天使のリオン。

 僕は、恋愛サポート部の特別対応課に所属する中級天使だ。


 特別対応課は人間界に来る資格が貰えるので天使の間では人気の職種。

 その分、配属時の審査も厳しくて、ここに配属される天使は、天使の中でもエリートと言える。


 普段、僕らは3天使1組のチームで動いている。僕のチームは中級天使になったばかりのイブとまだ初級天使ミウの3天使で構成されていて、いつも3人一緒に人間界での任務にあたっている。


 僕らは主な仕事は、人間界で赤い糸の絡みを取り除いたり修復をしたりすることだ。

 僕らは与えられた力を使って、人間が適切な相手と結ばれるように色んな方法で人間の恋愛をサポートをしてるのだ。


 しかし……天使達も色々で、時には失敗をする天使も居たりして、そのせい人間に辛いめに合わせる事になったりする。


 実は今回、僕らは別のチームがやらかした失敗をフォローするためにかりだされたのだ。


 幸いなことに、今回は失敗した新人の天使が隠すことなくすぐに上に状況報告をしたので問題を起こすことなく対応が出来そうだ。


 *


「えっと、女性側の糸に僕が傷をつけてしまったんです」

 青い顔で、瞳に涙をためながらその新人の天使は説明をする。


「ほんの少し、ささくれのような傷だったんです。だから僕、問題ないだろうと思って……だからその時はそのまま報告もせずにいたんですが、気になって日に何度も確認はしてたんですけど、確認するたびにた場所が広がって、だんだんそこから裂けてきて……ついに切れてしまったんです」


「私がすぐに気が付いて上げられなくて……、リーダーの私の責任なんです、彼を責めないであげてください」


 彼のチームのリーダが庇うように言った。


 イブが優しく微笑んだ。

「責めはしないわ、失敗は誰にでもあるもの。天使は神様みたいに万能ではないのだから……」

 イブの言葉にミウがウンウンと頷いている。


「でも、もう少し早く対応すべきだったよね」

 リオンが言う。

「とても相性の良いふたりだ。出来れば切れる前に修復してあげたかったかな」

 リオンがそう言うと新人天使はしゅんとなる。

「すみませんでした……」


「とにかく切れてしまった糸をすぐに繋ごう。相性もいいし、まだ切れて2日だから大丈夫」

 そういい、リオンは2本の赤い糸の先を持って近付ける。


 すると赤い糸は、まるで生きているように絡みあった。


「すごい、本当に相性が良いとこんなふうになるんだ」

 ミウが驚いて言った。

「うん、この2人は相性もよく、長く付き合っていたし、切れて間もないからね」

 リオンが言う。

「でもこれ、誰にでも出来るわけじゃなく、リオンの特別な能力のひとつなのよ」

 イブが言う。

「普通はやはりカプセルを使って時間をかけないと糸はくっつかないんだけど、高位天使に近いリオンにはこういうことが出来るのよね」

 イブの言葉を聞き、ミウと新人天使は尊敬の眼差しをリオンに向けた。


「特別じゃないよ、誰でもレベルが上がれば出来るようになるさ」

 リオンはなんでもないことのようにいう。


「ありがとう、リオン。ほんとうに助かったわ」

 新人天使が所属するチームのリーダーが笑顔を向けて言った。リオンも笑顔を返す。

「問題ないよ。僕に出来ることならいつでも声をかけて……ほら、くっくいた。この2人はこれで大丈夫だよ」

 そう言いリオンは糸から手を離した。


 完全に繋がった糸はピンときれいに張っていた。



 ~~*~~


 恭子はコーヒーを飲み、カップをソーサに戻した。

 それからテーブルに裏返して置いていた携帯を手に取って見る。


 既に時間は19時をすぎていた。

 そして、携帯の画面を見ても着信も何もない。


 恭子は悲しい気持ちになって、ささくれた指を見つめた。


 痛いわね……


 たまらなく泣きそうな気持になる。


 その時、人がすぐ近くに来た気配がして、恭子は反射的に顔を上げた。

 

 顔を上げた恭子の心は氷が解けていくような温かい気持ちになる。


 そこには、とても優しい表情を恭子に向ける男性が立っていた。

 


「ささくれ」完


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