最終話 番いになったふたり

 連れて行かれたのは国王の執務室だった。ジェラールが座るソファの向かいに、シャルルとセラフィンが腰かけ、ベルティーユは罪人のように床に膝をつかされた。


「お父様!! 手を離すよう、この者たちに言ってくださいませ!」

「口を慎め。いまアルマンがしゃべっている」


 アルマンが詳細を伝えるごとに、ジェラールの顔が曇っていく。アルマンが見逃した最終局面については、ユーグとジョエルが代わる代わるに報告した。

 聞き終えたあとのジェラールは、水の下がった花のようにクタリと頭をもたげていた。


「……そうか、ベルティーユとシャルルの魂が、入れ替わっていたのだな。そして【熾天使】が付与したギフトが、【魔王】だったと……頭が悲鳴をあげそうだ」


 握り込んだ拳を額に叩きつけながら一心に熟考し、ジェラールは声を振り絞った。


「ベルティーユを……極刑に処するしかあるまい」

「はぁっ⁉ お父様! 私は自分のギフトを取り戻そうとしただけなのよ⁉」

「本気でそう思っているのなら、更生の余地もなかろう」

「――お待ちください、お父様」


 なだめるように両手を上げて、シャルルは続ける。


「ベル姉様には予定どおり、ランバート王子に嫁いでいただきましょう。それが何よりの罰になるはずです。もう虫も殺せませんし、【悪魔】のギフトも封じましたから」


 ギョッとした顔でベルティーユが暴れ出す。


「いっ、イヤよ! ランバートなんて絶対にイヤ!! 会うたびに、残念なものを見る目で胸に視線を落とすのよ⁉ すぐに愛人を囲うに決まっているわ!」

「でも悪い人ではないと……思います。若干、正直過ぎるだけで……」


 言いながらシャルルの目が泳ぐ。ベルティーユには普通の幸せをつかんでほしい。人を排除して玉座を手に入れるような、独りよがりの幸せではなく。

 裏表のないランバートが相手なら、真摯に向き合えばなんとかなる、はずだ。


「他人事だと思って! いい加減なこと言わないで!! 本当ならあんたがこの体に入ってたのよ⁉」

「うっ……言うほどぺったんこじゃ……」

「ランバートにとってぺったんこなら意味がないのよ!!」


 ギリリと奥歯を噛みしめるベルティーユを見て、ふたりが出会ったときのことを思い出した。ベルティーユの心が歪んでしまったのは、振り向いてもらえないつらさもあったのではないか。だから権力に縋ろうとしたのかもしれない。


「ふむ。イヴェールとの盟約も果たせるし、シャルルがそう言うのであれば、私は構わん」

「イッ、イヤァァ――――!!」




 ジェラールとの話し合いが終わったあと、ベルティーユは部屋に軟禁された。

 シャルルの支配下に置かれたベルティーユは、虫を殺すことはおろか、花を手折ることすらできなくなった。草の上を歩くことはできるが、踏みにじる行為はできない。


 悪魔の能力を封じられ、いかなる殺害行為もできなくなったベルティーユは荒れに荒れた。イヴェールの勉強はあまり進んでいないらしい。


 王妃セリーヌは事の次第を聞かされ、責任を感じたのか、心を鬼にしてベルティーユと向き合った。そのかたわらには、復活したマリアが付き従い、【ギフトなし】の状態でも鋼の精神を発揮している。

 セラフィンがギフトの付与を申し出たが、マリアは「おそれ多い」と固辞こじした。



 ***


 ジェラールは、シャルルとセラフィンに相談のうえ、教会に【魔王】のギフト持ちがあらわれたことを伝えた。


【魔王】を監視できるのは同等の力を持つ【熾天使】しかいない。セラフィンを王城へ寄こすよう、手を打ったのだ。【魔王】を御せるようなギフト持ちは教会にもおらず、渋々と承諾したらしい。


 そんなわけで、シャルルの部屋には今日もセラフィンが居座っている。城の礼拝堂に勤務する助祭として、生成りのローブをまとっており、相変わらず神々しい。


 いつものように窓辺に置かれた丸テーブルを挟み、向かい合って仲よくお菓子をつまむ。侍女たちの気遣いにより、タルトはしばらく出されていない。今日はアーモンドたっぷりのヌガーだ。


「ねぇ、セラフィン。聖職者としてのお仕事はいいの?」

「城の礼拝堂には司祭がふたりも増えたし、午前中は畑の手伝いに行ってるよ」


 セラフィンは幸せそうに頬を緩ませる。それがうれしくもあり、居心地悪くもある。なぜなら、セラフィンの態度があからさまになってきたからだ。


「ねぇ、シャーリィ」

「……うん?」

「僕たちはつがいになったわけだけど」

「つっ……つつ、番い⁉」


 何をおどろくことがある。ベルティーユが言っていたではないか、とセラフィンは頬をふくらませた。


「で、でもあれは、ベル姉様の勝手な思い込みでしょう⁉」

「そうでもないよ。必ずついで生まれるのは確かだし、悪魔は天使を堕天させようと誘惑して、天使は誘惑に抗いながらも人々を助ける……っていうのが、教会で語られている物語だよ」


 ふ~ん、とシャルルは曖昧に相槌を打つ。来世に生まれ変わっても、ふたりはまた出会う運命なのだろうか。そう考えるとおもしろくない。


(あれ? でもいまは、わたしとセラフィンが番いなの? じゃあ、来世も……)


 上の空で百面相をしていると、セラフィンの手が頬に伸びてきた。こっちを見ろと言わんばかりにシャルルの頬をつつく。


「それで? 魔王様はいつ誘惑してくれるのかな?」

「はい?」

「楽しみだなぁ。君の誘惑は甘露のようだろうか。それとも扇情的な――」

「キャアァ⁉ ストップ!! 誘惑なんてしないから!」

「残念。僕はいつでも堕天する覚悟だよ?」

「そんな覚悟はいらないわ!!」


 部屋の隅に控えたピピが、ニヤニヤしながら一点を見つめている。不躾に見てくることはなくなったが、隣に立つアメリのように無我の境地を身に着けてほしい。


 照れ隠しに、シャルルが咳払いをしたときだった。ノック音がして、応えると同時に王妃セリーヌが入り、その後ろに厚紙を重ね持つマリアが続く。


「失礼するわね。シャーリィ、今日こそは決めてちょうだい!」

「うっ、またですか……」


 ドサリとテーブルに置かれたのはお見合い用の釣書だ。

 ベルティーユが隣国へ嫁いでからというもの、毎日のように持って来る。


「お、お母様……わたし結婚は……」

「シャーリィ、天使とは結ばれないの。わかっているでしょう?」

「わかってます。でも、興味がなくて」

「会ってみれば、興味が湧くかもしれないわ? もう成人したんだし、急がなくては……行き遅れてしまうのよ?」


 シャルルとセリーヌの攻防に青白いほのおが差し入れられた。


「何度も申し上げるようですが、王妃陛下。【魔王】と【熾天使】は番いです。何人たりとも、僕らを引き裂くことなどできません」

「わたくしだって、愛する者たちを裂きたくはないわ。でもね、シャルルにも選択肢が必要よ。そうでしょう?」


 懇願されるように見つめられるとつらい。とはいえ、釣書を見る気にはならない。


「お母様、ごめんなさい!」


 立ち上がったシャルルの背中に黒い翼があらわれた。闇夜のようでありがなら光沢を持った六枚羽だ。セラフィンも青白い翼を広げ、逃げるシャルルのあとを追う。

 ふたりはバルコニーから飛び立ち、「また逃げられたわ!」とセリーヌが青筋を立てる。けれどすぐに口もとを緩ませるのだ。


 アメリは心得たように、ピピの背中を押す。


「ピピ、護衛を頼んだわよ」

「かしこまりっ、ピピにお任せあれっ!」


 空高く飛ぶふたりは鳥にしか見えない。青い鳥と黒い鳥が仲睦まじく飛び、ピピが全速力で追いかける。

 城の者たちはピピの趣味をバードウォッチングだと思っているが、あながち間違いでもない。ピピは若鳥たちの恋愛模様を、楽しく見守っているのだから。



 城下町の空を旋回しながら、セラフィンは甘えるようにシャルルの手を握った。


「セラフィン⁉ 飛びづらいわ」

「少しでも君に触れていたいんだ」


 セラフィンはもう、手を触れるくらいでは苦しんだりしない。喜ぶべきことなのに、少し寂しくもある。


「シャーリィ、僕に隠していることがあるでしょう?」


 何もかもお見通しなのは、【熾天使】だからか。ほかの理由ならいいな、とシャルルは願ってしまう。欲張りになったのはきっと、【魔王】のせいだ。


「……目を凝らすとね、人の胸の辺りに“光る珠”が見えて、数字が書いてあるの。もしかしたら、寿命なんじゃないかって」

「うん。【魔王】は人間の寿命をことができるからね」

「――エッ⁉」


 そういうことは早く教えてほしい。


「僕の胸を見て、シャーリィはいつも顔を曇らせる。僕は、長くないのかな?」


 唇を歪ませたシャルルを引き寄せ、セラフィンは優しく抱きしめた。

 あわせてシャルルは翼を小さく折りたたむ。


「浮かぶ数字は…………二十。あと……四年しか」

「そっか。僕は幸せ者だね。君に見送られるなんて」

「セラフィン……」


 手の震えが伝わったか、セラフィンが眉尻を下げて笑う。その申し訳なさそうな顔とは裏腹に、発せられる言葉には悪戯っぽさが滲み出ていた。


「じゃあ、一緒に生きてくれる?」

「え? ……あっ、そういうこと」


【魔王】は寿命を奪える。セラフィンが堕天したら一三〇〇年の生を受けるが、その半分を奪えば、ふたりで六五〇年の時を一緒に過ごせる。

 甘い誘惑にシャルルは身震いした。


「セラフィンのほうが、よっぽど魔王だわ!」

「そうか。シャーリィに魅了されて、もう堕天しかかっているのかもね?」

「おかしな分析しないでちょうだい。魅了なんてかけてないから!」


 あと四年、よく考えて答えを出さなければならない。

 本当はもう気持ちが固まりつつある。この人をあきらめたくはない。

 それでも、いま言えるのはこの言葉だけだ。


「セラフィン」

「うん?」

「愛しているわ」

「っ――⁉」


 突如、セラフィンは片手で胸を押さえた。翼の羽ばたきが止まり、シャルルを抱いたまま落ちていく。


「おおお、落ちるっ!! セラフィン、飛ぶか手を離すかして!! わたしの翼がひらけないからっ」

「だ、堕天……する……」

「セラフィン⁉ しっかりして――――!!」


 絡み合いながら落ちていく若鳥たちは、どこまで堕ちたのだろうか。

 その行方は、バードウォッチャー・ピピだけが知っている。



(了)

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やり直し王女と悪魔のギフト~運命を変えたら天使が初恋を覚えたようです~ 夜高叶夜 @yodakakyoya

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