エピローグ ~『宝石の謎』~
夕暮れの柔らかな光が街の石畳を温かく照らす中、
窓から見える景色は、盗難事件からの解放を象徴するように平和な世界が広がっており、
「やっとすべてが解決したんだね」
天翔の声には胸を撫で下ろすような安堵と、
「天翔様たちの協力のおかげです」
馬車は馬蹄の音と車輪の軋む音を心地よく響かせながら、街の中心地へと向かっていく。
「寝不足ですか?」
「
「ふふ、私もです。一緒に出かけられる日を待ち遠しく思っていました」
その声は温かみを帯びていて、車内の空気を更に和やかにしていく。時間もゆっくりと流れ、外に広がる景色の変化に二人の会話は盛り上がっていった。
しかし風に流される雲が
「何か心配事でもあるのかい?」
「
間違ったことはしていないと胸を張れるが、その結果がどのような結末を生んだのか。気にならないと言えば嘘になる。
天翔は少し考える素振りを見せた後、言葉を選びながら答える。
「後宮の秩序を守るためにも無罪放免とはいかないだろうね。なにせ宝物品のほとんどを盗み出したわけだからね」
偽物とすり替えられていなかった宝物は数えるほどしかなかったと、天翔は補足する。想定していたことではあるが、後宮の莫大な財が失われたと知った
「売ったお金は一体どうなったのでしょうか……」
金は使って初めて意味を成す。リスクを背負ってまで大金を欲した理由があるはずなのだ。
「本人は私欲を満たすために使ったと主張しているね。ただ宝物品の価格を考えると、使い切れるはずがないし、彼女の自室からも金品は見つかっていない」
「……尋問ではなんと?」
「厳しい追求を繰り返しているが、口を割る気配がないそうだ。真実を明らかにするのは困難を極めるだろうね」
「そうですか……今回の事件は、他国への密売ルートまで確立されていました。あそこまで大掛かりな仕掛けですから。もしかすると背後に組織がいたのかもしれませんね」
「組織か……」
天翔が静かに呟くと、
「単独での犯行より信憑性があるかもね」
「宝物を盗んで得た資金の行方も、組織に吸い上げられたなら納得できますからね」
「もしかしたら首謀者は……いえ、証拠がありませんね……」
その閃きは一歩間違えると根拠のない中傷になってしまう。思い留まった
「この場には二人しかいないんだ。思う存分に推理を聞かせて欲しい。ただの憶測であっても、君の意見は貴重だからね」
天翔に背中を押される。
「宝物を盗んだ組織の首領は
「人選としては十分にありえるね。
後宮は人の出入りが制限される場所だ。接する機会の少ない人物に罪を背負うほどの尊敬を抱くとも思えないため、派閥の長である
「ただそれほどの忠誠心を抱くに至った経緯は気になるね」
天翔の疑問に対する答えを、
「推理の一環で
天翔は小さく頷く。
文書管理課に所属している
その結果、事件解決の直接的な手掛かりには繋がらなかったが、
「
順風満帆な人生を送っていた
「
「話が読めたよ。その危機を救ったのが
「ご明察の通りです。
この出来事こそが、
「
宝物を盗んで生み出した資金は、
「莫大な資金は
「その仮説はもしかしたら正しいかもしれない。
「弱まったの間違いではありませんか?」
派閥に所属する部下が不祥事を起こしたのだ。普通は権威を衰えさせるはずだ。だが天翔は首を横に振る。
「部下の罪は上司の責任だとして、
「部下を守る義理堅い人格者として下からは人望を、皇室への貢献者として上からの賞賛を受けたわけですね」
天翔は小さく頷く。
それに何より
結果的には
「もしかして……ですが、まさか……」
「なにかに気づいたのかい?」
「突拍子もない話ですが、
「どういうことだい?」
天翔の疑問は当然だ。
「始まりは慶命様が私を宝物殿の管理人として推薦したことでしょうね。そこから
慶命の人を見る目に対する信頼もあったのだろう。彼がわざわざ送り込んでくるのだから、いつまでも宝物殿の謎を秘密にはしておけないと踏んだのだ。
「宝物品のほとんどを盗み終えた後ですから。役目を終えた宝物殿と、秘密を知る
天翔は思わず息を呑む。そんな中、
「ただ罪を被せるのも簡単ではありません。
主体的に
その最たる例が明軒による暗殺だ。
人を殺傷するリスクは高く、誰もが引き受ける仕事ではない。一見すると、
しかし保釈金を支払えば記録に残るため、疑いの目が向いてしまうことになる。その事実を教えずに、
結果、暗殺は失敗。明軒や用済みになった商人たちが口を割り、犯人が
「自分に非があると認めている状態で、恩人を裏切れないでしょう。さらに減刑を求め、庇われていますから。きっと今頃、
「……
天翔の声が僅かに沈む。重々しい雰囲気の中、
「これまでの話はあくまで仮説ですから。証拠もありませんし、
現状、確実に言い切れるのは、
「真相は闇の中……
「そうはさせませんよ。今はまだ証拠はありませんが、本当に
天翔は
「
「ふふ、天翔様がいてくれるからこそ、私も前を向けるのですよ」
二人は互いの存在に感謝する。平穏な時間が過ぎていく中、馬車は広場でゆっくりと停止した。
「今夜はお祭りがあるんだ。少し寄っていこうか?」
「いいですね」
赤い提灯と絹の幕で飾られた広場は、夕暮れの薄紅色の光によって柔らかく照らされている。影を落とした屋台の列からは香辛料や焼き物の香りが立ち込めていた。
「活気に満ちていますね」
「豊作祈願のお祭りだからね。神々への感謝を天に伝えるためにも盛大でないとね」
豊かな収穫を祈るためか、屋台が提供している食べ物の種類も豊富だった。焼き餅や新鮮な果物、串焼きなどが売られ、行き交う人々を誘っている。
そんな中、甘い香りが風に乗って広がり、
鮮やかな桃色の饅頭は、見た目も愛らしい。
屋台主は生地を丁寧に整えながら、次々と蒸し器に並べていく。
その様子に気付いた天翔は、二つ欲しいと屋台主に注文する。蒸し器から取り出されたばかりの桃饅頭を、天翔は
「一緒に食べようか?」
「よろしいのですか?」
「僕から誘ったデートだからね」
「ふふ、ではお言葉に甘えますね」
食欲を唆る甘い香りに、琳華の口元に自然と笑みが溢れる。一方、天翔は手元の桃饅頭を興味深げにジッと見つめていた。
「もしかして初めて食べるのですか?」
「恥ずかしながらね」
「ならきっと驚きますよ。どんなご馳走にも負けないほどに桃饅頭は美味ですから」
論より証拠だと、
「程よい甘さの餡が絶品だね」
「そうでしょうとも。なにせ私の大好物ですから」
夕暮れが深まり、星が現れ始める中、
宝石と呼べないほどの小粒で安価なものばかりだが、星の光を浴びてキラキラと輝いていた。屋台主は
「お祭りの記念にどうだい?」
勧められるがまま、
「それが気に入ったのかい?」
天翔が問いかけると、琳華は素直に頷く。
「これはこれで綺麗ですから」
それを聞いた天翔は、屋台主に代金を支払い、モアッサナイトを受け取る。彼女の目は、小さな宝石の輝きに引き寄せられるように天翔の手元に留まっていた。
「天翔様も宝石に興味があったのですか?」
「違うよ。これはデートの思い出に、僕から
天翔は手の中で光るモアッサナイトをそっと
「この宝石、大切にしますね」
「いずれは本物の宝石を渡す日も……いや、これは余計な一言だったね……」
天翔は照れながらも自身の言葉を誤魔化すように笑みを零す。
天翔の心の内に隠された感情が、愛なのか友情なのかはいまだベールに包まれている。ただどちらにしても、
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
これから第四章に向けて書き貯めをしますので、
完成しましたら一気に更新させていただきますので、少々、お待ちください
また面白ければで構わないので、
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是非よろしくお願いします!
後宮の宝石鑑定士は黙ってない! 上下左右 @zyougesayuu
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