第三章 ~『事件の真相』~
陽光が木々の葉を通して美しい模様を描く中、時折、遠くから水のせせらぎが聞こえてくる。穏やかな空間に包まれながら、二人は今日の出来事を思い返していた。
「
「殺人未遂ですからね。無罪にはなりません。ただ約束通り、減刑を申し込みましたから。三年もすれば出所できるでしょうね」
「彼は君を殺そうとしたんだよ。それなのに三年で出所しても、構わないのかい?」
「三年は短いようで長いです。特に
牢獄での生活が苦しければ苦しいほど、再び投獄されることを恐れるはずだ。もう二度と罪を犯すような真似もしないだろう。
「それに主犯は
婚約破棄や借金を押し付けられたことへの怒りと、今回、
「天翔様、関係者の皆様を夕刻までに宝物殿に集めてもらえませんか?」
「とうとう謎を解くんだね」
「はい。事実を明らかにし、私の無実を証明します」
一方、
こうして二人は各々の役割を果たし、時間が過ぎていった。夕日が沈む時刻となった頃、
「
「そ、それは……」
言い淀む
「何かあったのか?」
「先ほど、
「大丈夫なのか!」
慶命が驚きと心配の入り混じった声で訊ねる。
「私は無事でしたし、
「それが
「
「この場に私を呼び出したのも糾弾するためですわね……でも残念。私は依頼なんてしていませんわ」
「ではなぜ保釈金を支払ったのですか?」
「それは……」
言い逃れできないように事実から浮かんだ疑問を問いかける。監獄への訪問記録は残されているため、保釈金を支払っていないと嘘を吐くこともできない。
「か、彼が好みの男性だったからですわ」
「馬鹿げてますね。そのような理由で高額の保釈金を支払ったとでも?」
「それほどに魅力的でしたの」
無理のある主張に呆れてしまうが、感情を理由にされては切り崩すことも難しい。追求を緩めないために、別の観点から問いを投げかける。
「
「私に罪をなすりつけるために、そう主張しているだけですわ」
「あくまで認めないのですね?」
「証拠もありませんもの。当然ですわ」
断固とした態度で疑いを否定する
「用件は済みましたわね。気分が悪いですし、私は帰らせてもらいますわ」
「まだ終わっていません」
「これ以上、何かありますの?」
「むしろ、ここからが話の本番です。オパールのネックレスが消えた事件、その謎が解けましたから」
全員の注目が
「オパールのネックレス喪失事件……その犯人は
場が静まり返るような言葉に緊張が奔る。だが
「私が犯人? 馬鹿馬鹿しいですわね。私がオパールを持ち出していないことは、
「身体検査の件ですね?」
「それに鍵も
あくまで犯人は
「
「――――ッ」
抑えきれずに声にならない声を漏らし、
「事件の日、あなたは部屋を出る際に水槽を持っていきましたね」
「水を変えるためですわ。その中身も確認しましたわよね?」
「ええ。硝子越しに確認しました……ですが、もし水槽にネックレスが隠されていたなら私は見つけることができません。なにせあのオパールは水に浸すと透明になる特性を持っていましたから」
一部のオパールに見られる現象で、ハイドロフェン効果と呼ばれている。多孔質のオパールが水を吸収することで屈折率に変化が生じ、白から透明へと色を変えるのだ。
宝物殿に驚愕のざわめきが広がり、
「このトリックの肝は水が透明であることです。もし濁っていれば、細部まで調べていましたから。透明にして隠し事がないとアピールすることで、堂々と持ち出せたのです」
水槽の中に手を入れればオパールの存在は確認できたが、そうしなかったのは、鏡越しに中身を確認できるほどに水が澄んでいたからだ。透明性で得られる信頼を
「そ、そんなもの、すべて推測ですわ。私がその方法で持ち出したと証明できますの?」
「できますよ」
「えっ――」
「オパールのネックレスを盗み出したとして、置き場所に困るはずです。部屋に隠しては見つかった時に言い逃れができませんし、第三者に簡単に見つかる場所でもいけませんから」
「…………」
「だから、あなたは井戸の底に沈めたのです。水で透明になれば、オパールは簡単に発見されませんから」
オパールの隠し場所が明らかになったことで、天翔は
「なるほどね。犯人が水で透明になる現象を利用してオパールを隠していたのなら、逆説的に犯人は、その現象を知っていたことになるわけだ」
密室の謎が消え、水槽を利用した
「面白い話ですわね。それに説得力もありますわ」
「犯人だと認めてくれるのですか?」
「まさか。なにせ私には動機がありませんもの」
人が行動するのには理由がある。罪を犯すなら、その事情を説明できなければ片手落ちだ。
「私が犯人だというなら動機を説明してくださいまし! まさか
そんなリスクに見合わないことはしないと、
「説明できないなら大人しく諦めて――」
「できますよ」
「え、う、嘘ですわ。なら説明してみなさいな」
「実は私も動機の部分について大きく悩みました。オパールを盗んで売れば、きっと高く売れるでしょう。ですが中級女官の立場にある
「ほらみなさいな。私は無罪で決まりですわね」
安堵を浮かべながら、
「いいえ、やはりあなたが犯人です。なぜなら、
「まさか……」
「論より証拠です。宝物品を一緒に検品してみましょう」
目録の中から宝石に関わる品を選んで、皆と一緒に移動する。
宝物殿の中でも一際目を引く逸品で、剣の柄には精緻な模様が彫られている。実用的なものではなく、権力の象徴として製作されたものだった。
「この剣ですが、おかしいとは思いませんか?」
「儂の目には、ただの絢爛な剣に見えるが……どこが変なのだ?」
「散りばめられたダイヤモンドです。輝きが弱く、とても宝物に使用されるような代物ではありません」
宝物殿に収められる品であるならば、最高級の素材が使用されているはずだ。
「この剣が偽物……まだ実感が沸かんな……」
「なら手にしてみるのはどうかな?」
天翔が慶命を促す。宝物に触れることを躊躇いながらも、慶命は恐る恐る剣を握り、軽々と持ち上げる。
「純金の重さではないな」
「やっぱりね。ダイヤモンドが偽物なら、この剣の黄金もメッキに変わっていると思ったよ」
金属の光沢だけ真似できても、その重量までは偽造できない。慶命が剣を静かに台座に戻すと、
「この純金の剣は私が無作為に選んだものです。きっと他にもすり替わっている品があるでしょう。そしてこれこそが、今回の事件の動機でした」
「最初から説明しましょう。宝物殿の財宝を盗み出していた
優秀と評判だからというのはただの建前で、本当は不正に取り込むために自分の派閥へと誘ったのだ。
「なるほど、ありえるな」
慶命は心当たりがあったのか反応を示す。
「宝物殿の新しい管理人に
状況証拠が積み重なっていく中、
「ただ私はスカウトを断りました。このままでは検品で不正が明らかになるのは時間の問題です。だから
「さすが
「ありがとうございます」
「だがどうして宝物が偽物と入れ替わっていると見抜けたのだ?」
「以前、慶命様に紹介していただいたホワイトサファイアのおかげですよ」
「あの偽物かっ!」
「はい、ですが、贈り物にわざわざ偽物を渡す必要はありませんから。渡した瞬間は本物で、宝物殿の内部ですり替えられたのだと気づけたのです」
その仮説を証明したのが、骨董品店主の証言だったのだ。
「
「少なくとも二代前の管理人の時点で行われていたはずです。同じ動機、同じトリックで冤罪を着せたのでしょうから」
二代前の捕まった管理人は最後まで無罪を主張していた。その主張は正しく、
「なら行方不明の先代管理人も冤罪を着せられたのか?」
「そちらは勤務歴が長いですから。私の予想ではおそらく共犯でしょうね。ただある日、罪の意識に耐えられなくなり、自首しようとしたのだと思われます」
「なるほど。だから遺書を偽装し、口封じのために行方不明という扱いで始末したのか」
冤罪を着せて投獄させる方法では、宝物殿の秘密を暴露されてしまう。だからこそ先代の管理人は行方不明という形で処理したのだ。
「
「
問いを受け、
「宝物殿の品を盗んだとして、問題なのはその売却先です。国内で捌けば、足が付きますから。信頼できる商人に外国で販売させる必要があります」
「ただ外国との強い繋がりを持つ商人は多くありません。
その場所に警吏が向かい、すでに捕まえている頃だろう。尋問を受ければ、
「改めて聞きます。罪を認めてくれませんか?」
「これで
「天翔様たちに助けて頂いたおかげです」
仲間の協力があったからこそ、謎が解けたのだ。改めて心のなかで皆に感謝を伝えるのだった。
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