ささくれの忠告【KAC20244】

めぐめぐ

ささくれの忠告

 ふと指先を見て、私は気づいた。


「あ、また親指の爪のところ、ささくれが出来てる……」


 右手の人差し指の先っぽで、お隣親指の爪と皮膚の境目を撫でると、ささくれが指先に引っかかった。

 ちなみに、左指も同じである。


 私は昔から、両親指のささくれに悩まされていた。

 夏はまだマシだけど、冬になると乾燥もあるせいで、特に酷くなる。無理やりひっぱって、血が出ることもしばしばだ。


「クリーム塗って、保湿しないとダメかなあ……」


 ドラッグストアのアプリに入っていたクーポン情報を思い出しながら、右親指のささくれを取ろうと左指で摘まんだそのとき、


「おい、そうやって引っ張ったら、千切れて血が出てくるやろがい」


 ……え?

 なんか関西弁が聞こえた気がしたんだけど……


 周囲を見回すけど、誰もいない。

 ここは私が一人で暮らしているワンルームだ。会社から近いし、商業施設もあるからそこそこ気に入ってて……ってそんなことを考えている場合じゃなくって。


 気を取り直してささくれを取ろうとしたとき、


「おい、せやからゆーてるやろがい。ワイを引っ張ったら、怪我すんぞって」

「………………って、ささくれがしゃべったぁぁぁぁぁ⁉」

「何驚いてんねん。鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって」

「いや、漫画の中でしか聞いたことないわ、その驚きの表現……」


 今時いる?

 鳩が豆鉄砲食らうような顔って、実際どんな顔よ??


 いや、今はそこじゃない。

 私の右親指のささくれが喋ったってことだ、大切なのは。


 ちなみに左親指のささくれからは聞こえない。こいつは喋らないらしい。


 良かった、右だけで。


 ――いや、良くはないけど。


「ワイな。いつもあんたのささくれとして、あんたのことを見ていた立場として、言っときたいことがあってな。言いたいー言いたいーって思ってたら、突然喋れるようになったんや」

「は、はあ……」


 あんたのささくれって……んな、相棒みたいな言い方されても……


「で、何が言いたかったのんですか?」


 きっとささくれの願望が、強い怨念的な何かになって、今の超常現象を引き起こしているんだろうと判断した私は、さっさとそいつを晴らして成仏――ではなく、ただのささくれに戻って貰おうと会話をすすめることにした。


 そんな私の気持ちに気付かず、むしろ受け入れて貰えた感を出しながら、ささくれが話しだした。


「いつもワイが出てくると、あんた、ワイをちぎって保湿やらクリームやら塗るやんかー」

「まあそうですね。ささくれのお手入れは、保湿が一番ですから」

「それも大切なんやけどな。実はささくれの原因、あんたやって気付いてるか?」

「……えっ?」


 ささくれからの思わぬ発言に、私は本気で声をあげてしまった。


 私の指は、ずっとささくれに悩まされていた。

 しかし昔からなので、そういう体質だと、季節的なものも関係しているのだと思っていたのだ。


 だが、ささくれは言う。


「あのな。今いる場所の居心地が悪いとき、親指の爪と皮膚の間を引っ掻く癖があるん、あんた気付いてるか?」

「……あ」


 そうだ。


 私は、たくさん人が居る中で一人ぽつんとなったり、説教されてたり、なんかその場にいるのが辛かったり居心地が悪いとき、親指の爪と皮膚の境目である爪の右下の角――つまりいつもささくれが出来る部分を、人差し指で弄ってしまうのだ。


 それも、無意識のうちに。


 ささくれは続ける。


「ささくれをついついめくってしまうのは、自傷行為と同じやったりするんや。つまり、ささくれが酷いのは……」

「常に私にストレスがかかっているから……ってコト⁉」

「そうやな。だからワイは言いたかったんや。あんたは真面目や。滅茶苦茶頑張ってる。それは、ずっとあんたのささくれやったワイが、一番よう分かってる」

「ささくれ……さん……」

「でもな。頑張り過ぎるんは良くない。何事も、ほどほどが一番や。時々休んで、ストレス溜めんで、ぼちぼちいこうや」

「で、でも、それだとささくれさんが……」


 私がストレスを溜めずに生きれば、ささくれはなくなる。

 ということは、ささくれさんがいなくなるということ。


 私の頑張りを一番傍で見てくれているささくれさんが……


「泣くなや、てやんでぇ……」

「いきなり、キャラぶれないでください、よ……」

「いいねん、ワイは。ワイに悩まされなくなるってことは、あんたが幸せに生きてるっちゅーことやからな!」

「ささくれ、さん……」


 涙が溢れて止まらない。

 ささくれさんは、私の幸せのためなら、自身の存在がなくなってもいいと言っているのだ。

 突然、江戸っ子じゃない人が想像する江戸っ子みたいな口調になってたけど、その男気は称賛したい。


「ワイが言いたいのは、それだけや。さ、ワイを爪切りで優しく取り除いて、クリーム塗って保湿しーや」


 私は涙を拭いながら、ささくれを取り除き、クリームを塗り込んだ。

 そんな私の耳元で、


「ストレスなく生きるんやで……じゃあ、な……」


 という、ささくれさんの優しい最後の言葉が聞こえた気がした。


 ささくれさん、ありがとう。

 私の自傷癖を教えてくれて。

 それが心の不調に繋がっていることを教えてくれて、本当にありがとう……


 さあて、今度は左指のささくれの手入れをしよう。

 右親指と同じように、爪切りでささくれを切って――




「そこまで深く私を切ると、血が出ますよ? お嬢さん」


 






 って、左指のささくれ、お前も喋るんかーーーーーーーーーーい‼



<了> 

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