【短編シナリオ】麺を啜れない

綿来乙伽|小説と脚本

#1 麺を啜れない

早紀「美味い?」

萌子「美味いよ」

早紀「私のもいる?」

萌子「早紀食べてからで良いよ」


2人が訪れたのは、カウンターしかないラーメン屋。

昼の14時。

昼食のピークが終わったタイミングで昼食を摂取しに外に繰り出した。だがこのラーメン屋、席が8席しかなく、残り1席しか空いていなかった。


萌子「私さ、麺啜れないんだよね」

早紀「え?」


早紀は麺を啜った。

萌子は麺を咥えて箸で口に入れた。


早紀「なんで?」

萌子「え、なんでって?」

早紀「なんで啜れないの?」


萌子は箸を餃子に移した。


萌子「逆にさ、なんで啜れるのよ。誰かに習ったの?」

早紀「……確かに」


早紀は箸を餃子に移した。


萌子「美味いな」

早紀「紫蘇入ってんだね」

萌子「さっぱりしたら新しい気持ちでラーメン食べられるからか」

早紀「確かにそんな気がするわ」


2人は箸をラーメンに移した。


萌子「人はいつから麺啜れるようになるわけ?」

早紀「……いつだろ」

萌子「ほら、分かんないじゃん。分かんないのよ、人は、自分がいつ麺を啜れるようになったか覚えてないの。この前先輩にも聞いたけど、いつだったかなって言ってたし」

早紀「物心ついた時にはこうだった、みたいなことあるじゃん」

萌子「物心ついた時に麺啜ってることある?物心ついた時に麺食べてるかも定かじゃないのに?」

早紀「んー、いつだろ」

萌子「誰かに教えてもらった?」

早紀「いや?そんな記憶はないけど」

萌子「誰かのを見てたとか」

早紀「それか。私兄ちゃんも姉ちゃんもいるし、夕飯は家族皆で食べてたし」

萌子「私もお姉ちゃんいるよ。なんならおじいちゃんとおばあちゃんもいるよ」

早紀「家族が麺啜って食べてて、真似しようと思ったことないの?」

萌子「ないね。真似しなくても食べられたからね」

早紀「確かに。啜らなくても、麺って食べられるね」


早紀は手を止めた。


早紀「じゃあなんで、人は麺を啜るんだろ」

萌子「外国人は啜らないじゃん」

早紀「そうなの?」

萌子「パスタ啜ってる人見たことある?」

早紀「無い」

萌子「外国の麺は啜る必要が無かったってこと」

早紀「萌子、外国育ちなんじゃないの?」

萌子「今更帰国子女にされたところで何も得られないな」

早紀「英語とか」

萌子「話せないね。話せる家族がいないね」

早紀「すぐハグ出来るとか」

萌子「どちらかというと人見知りだね。早紀が1番知ってるじゃん」

早紀「じゃあ」

萌子「麺を啜れない理由を帰国子女に押し付けようとするな」

早紀「だって啜れない人って見たことないし」

萌子「……向上心の無さとか?」

早紀「何それ」

萌子「姉ちゃん達の麺を啜っている様子を見て、ああ私もこうなりたい、姉ちゃん達みたいになりたい、って思ってたら麺啜れたんじゃないかと」

早紀「向上心とはまた違いそうだけど」

萌子「麺に対する情熱の無さとか、愛情が足りないのか」

早紀「情熱と、愛情……」


2人は辺りを見回した。

目の前にはラーメンの湯切りをしている大将が、麺を目力で破壊しようとしていた。

学生アルバイトの子は、客の注文を聞いては書き出し急いで厨房に戻って盛り付けをしている。

周りの客は一生懸命麺を啜り、麺と向き合っている。


麺への情熱と愛情を感じる。


玄関が空いた。

サラリーマンの1人が、店員に三本指を立てている。


早紀「あ、」

萌子「あ、」


2人は勢いよくスープと水を飲み干し、餃子も食べきった。


萌子「……ご馳走様でした」

早紀「ご馳走様でした。あ、まとめて出すわ」

萌子「ありがとう、後で払う」


2人は麺への情熱と愛情に負けて、ラーメン屋を出た。




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