卒業式

学生作家志望

世界に無駄なことなんてないんだから

卒業式当日、昨日までのあの楽しい感じは流石にもうなくなったのかな。そう思って教室に入ったが、むしろみんないつもより楽しそうだった。お互いにアルバムに寄せ書きを書いたり、写真を見たり。


いつも何も書いていない緑色の黒板は、先生によって読めきれないくらいのメッセージで真っ白になっていた。


思えば、先生はずっと嫌われっきりだったな。入学式の日も最初に先生が教室に入ってきた時も、隣の席の人が友達とこっそり

「この先生、ハズレだわ」なんてことを言ってた。それを証明するように先生の好感度なんて日が過ぎていけば過ぎていくほど下がっていったのを感じた。気付けば、クラスの中で先生のことを愚痴らない人は居なくなっていた。


「先生!メッセージ書いてください!」


まだ朝来たばっかりの先生を早くも数人の生徒が囲んだ。その手には、寄せ書きのページが開かれたアルバムがあった。もう書くスペースなんてないくらいに、白いページが黒くなっていた。


僕も、先生に沢山お世話になったから愚痴なんて言える立場じゃなかった。はずなのに、否定をするのが苦手だから、友達の愚痴に相槌を打って共感してしまう。


うん、うん。なんて言っても何も楽しくない。ただただ罪悪感が溜まっていくだけである。

自分の心に呆れる。だけど、卒業式が近づくにつれて新しい事に気付いた。


もしかして…、本当は先生のこと誰も嫌いじゃないんじゃないのか?─────

もし、みんなも僕と同じだったら?周囲に合わせて言ってるならば…誰も本心で「嫌い」なんて言ってるわけじゃないのかな。


世の中の、なんとなく先生を嫌うとか理不尽を嫌うみたいな風潮があるせいなのでは?なんて憶測を一応立ててみたりする。でもそれが、卒業式の日になって証明された。


誰も先生のことを


「大っ嫌い!あのクソ教師!」なんて言葉を吐かなかった。なんなら、アルバムに先生のメッセージの空白を残していたくらいだった。


先生がハズレ、そんなこと本心で言えるはずがない。と、教室で考えているとあっという間に卒業式の時間がやってきた。ここまで何回も練習をしてきた。合唱に、もちろん卒業証書を受け取る練習も。


先生が教室を出る僕たちに言った。

「いっぱい見せてこい」


入場をし終えて、卒業証書を受け取り、式歌と校歌を歌い、全てが完璧だった。というより、みんなが驚くほどに全力だった。あんなにめんどくさいと言っていた、卒業式をなんなら楽しそうに見えたんだ。だけど、その雰囲気は一瞬で変わる。


心臓が口から出そうだし、今にも倒れそうだ、それくらい緊張していた。周りの雰囲気に僕も正直圧倒されていた。


そして、指揮者が手を挙げた瞬間…


誰かの泣く声が聞こえてきた。それは明らかに1人ではなかった。なによりも驚いたのは、先生を、学校を嫌ったり、ふざけまくってるのが日常のやつらが、歌えなくなるほど泣いていた事だった…


僕も、視界がだんだんとぼやけていった。それを加速するのはみんなの泣き声、ピアノの音。先生の顔、全てだった。会場のどこを見ても必ず涙が溢れる。


ならば前を見ればいい!練習通りにやれ!それが先生へのみんなへの精一杯の感謝だ!多分、いや、絶対!クラスの全員が、学年の全員がみんな練習の通りに、やってやる!伝えなきゃ!って思ってた。だけどその思いとは裏腹に、涙がやはり溢れる。徐々に自分たちの歌声とズレていく伴奏を耳で感じて!でもそれを頑張って直そうとする生徒がいた。


「〇〇くんはいつも合唱みんなのことを引っ張ってくれて本当に助かるよ!ありがとうね。」


女子の方が人数はずっと多いはずなのに、その男の子がやっぱり引っ張ってくれるんだ。決して学級のリーダーではない。実際、2年前は今とは全く違かった。それが、ここまで変わったんだ。


ある日から、普段から彼は何事にも全力で取り組むようになった。それを、ダサいと言う人もいたが、先生はそれを


「かっこいいぞ!」


と、本気で褒めていたんだ。それが、今の彼を形作っているのではないだろうか?


全2曲を歌いきった。1曲目は練習通りとは正直言えなかったが、2曲目はちゃんと伴奏ともあっていたと思う。


「卒業生が退場します」


いよいよだ。先生が僕たちの前に現れて、先生に並んでついていくのが退場。先生が列を整える合図を送ったその時だった。


「〇〇先生!だいすきー!!!」


先生が優しく笑った。


やっぱりそうだ。誰も、先生のことを嫌いなんて本心で言ってなかったんだ。それが決められたセリフだったとしても、事前に練習をしていたとしても、届けようと全力で叫んだのには変わりがないんだから。



教室へ戻って余韻を噛み締めながら、いよいよ最後の学活が始まった。


「みんな本当にありがとうね!」


話を聞いていくと、やっぱりいつも通りの先生なんだなって気づいた。それとも、先生がいつも通りにしたいのだろうか…先生はいつもより面白いことを何回も言っていた。本気でふざけてはみんなが笑う。これほど楽しい空間は今まで経験したことがない!なんて多分小学校の卒業式でも言っていたと思うが、また更新されてしまった。


「さて、最後ですけど、みなさんに言いたいのは、この黒板のメッセージにも書いていますが、」


真っ白のメッセージ、昨日の夜書いてくれたのかな…絶対忙しいだろうに…


「みんなには、笑顔になってほしい」


なんでそれを今言うんだ……、おかげでさっきの雰囲気に逆戻りじゃないですか……


みんなが涙を一生懸命に堪えてるのが顔が見えなくともわかった。


「明日も、来週もね、みんなに会えるような、そんな感じがします。実感が湧かないんですよ。」


実感が湧かないのはみんな同じだよ、先生。心の中になにか大きな穴が空いたような、違和感があるんだよ。まだまだ、ここにいたいんだよ。


「長引いてしまっているのでもうそろそろ帰らなきゃねwほら、挨拶するよ」


最後の、最後の。


「さようならああああああああああああああ!」


学校中に響いたんじゃないか?これほどの声が出たのは体育祭以来だった。いや、それ以上だ!


僕は帰ってから、大きな心の穴をごまかすためにある事を考えていた。


卒業式で校長先生が言っていた


「世界に無駄なことはないのだから」


という言葉を。


無駄、無駄。そう言われるのは今までいっぱいあった。僕の目指している作家も、今書いているこの文章も多くの人に届く可能性は低いから、それを無駄と言われても否定はできない。


だけど、未来を変えるのも自分であり形どるのはそれを表現するのは最終的に自分なのだから、何回だって間違えればいい。何回だって頼ればいい。


何回でも「ごめんなさい」って言ってやればいいさ。毎日耐えて、耐え続けたその先に形どられた自分を初めて表現できるようになるのだから。だから、今までいっぱい先生に助けてもらったように、今後も困ったときは頼ろう。助けてもらおう。


そしていつか、表現してみせます。先生。


笑顔でまた絶対に会いに行きます。


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