海には還れない

筆開紙閉

地上にこそ生きる。

 俺は人魚を用いた性的サービスを行う店舗の店長で、ぼんやりと仕事をしていたらいつの間にか店長になっていた。祖父がギルドマスターからシノギを任されて以来その地位を世襲的に受け継ぎ、そのようなことになった。父はいつの間にか行方不明になり、兄は商品を持ち逃げして、海に還った。本来ならこのシノギを俺が継承することは難しかったのだがギルドマスターの計らいで俺が兄のケジメをつけた。それが三日前。

「どうぞ」

 今はこの店に立ち寄った勇者の対応をしている。悪食で知的生命体を食べることに執着があるらしい。魔王を食べるために旅をしていて、政治的に都合が良いため許されている。魔王討伐後は恐らく何らかの罪で捕まるはずだ。人間は喰わないらしいが、前に魔王軍四天王を約三人食べたらしい。肌が荒れやすい体質らしく被った兜の間から覗く肌は荒れて所々赤くなっている。

「いただきます」

 勇者は掌を合わせて、彼の故郷で食事の前に行う祈りを行った。ニホンという地からやってくる異世界転移者の中にはこのような祈りを食前に行う者も多い。

 勇者はささくれが悪化して血が出ている手に箸(異世界転移者が好んで使う二対の棒状の食器)を持ち、人魚の下半身の刺身を口にする。

 俺も人魚の刺身を食べたがやや脂っぽい味がする。炙った方が美味しいかもしれないが今回は生で出す。

 俺の店は性的サービスを行う店であり、食肉加工や調理は専門のスタッフがいない。今回勇者から人魚を食べたいという申し入れがあったため、ギルドの構成員から食肉加工の得意なものを借りた。兄から俺の代でギルドマスターへの借りが山のように増えていく。

 刺身の次に、人魚の上半身を加工したものが出てくる。ところで人魚の腸を使ったウインナーはどっちに分類されるのだろう。

 そういえば兄の最後の言葉は『彼女を海に還してやってくれないか』だった。あれは笑った。この店の人魚はこの店で産まれた俺たちの兄妹、海なぞ一度も見たことのないものだというのに。

 兄は海に沈み、兄をたぶらかした商品は勇者の血肉になっていく。

 人魚という決して指先のささくれることの無い生き物がいた痕跡が徐々に消えていく。まあまだ店の中にはいくらでもあるが。

 俺たちは皆ここから何処にも行くことはできない。


 

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