俺だけに冷たい幼馴染は三年来のネトゲ友達にこっそり惚気を聞かせているが、実はその相手は俺なので全部伝わっちゃってる件。

そらどり

俺だけに冷たい幼馴染は三年来のネトゲ友達にこっそり惚気を聞かせているが、実はその相手は俺なので全部伝わっちゃってる件。

 ツンデレヒロインが登場する漫画やラノベを読んでいて、どうして主人公はそのヒロインからの好意に気付けないのだろうか、と疑問に思う時がある。


 普段から冷たく接してくるヒロインが不意に甘えた態度を取ってくる。その瞬間の破壊力は凄まじいものなのに、大抵の主人公は赤面することはあっても好意に気付くことはない。

 巷では、そのような主人公を鈍感系と揶揄しているらしい。


 だが、情状酌量の余地はある。

 ヒロインの心理描写を垣間見れる読者視点だからこそツンデレキャラだと認識できるが、それを推し量ることができない主人公視点ではただツンケンしてくる奴にしか見えない。ヒロインに嫌われていると思い込んでいても仕方ないだろう。


 そんな状態でデレられても好意に気付くのは難しい。ましてや、主人公の知らないところでデレられようものなら到底分かるはずもないのだ。


 ……とまあ、こんな講釈を垂れておいて何だが、俺―――茅野渚沙かやのなぎさは幼馴染から好意を向けられていると断言できる。

 どうしてかと言えば……


「全く、教室であくびなんてだらしないわね。渚沙」


「……げっ、雪希ゆき


 休み時間の教室。漂う睡魔に「ふぁ」と大きくあくびしていたところ、隣から不意に冷たい言葉を浴びせられたので振り向き、思わず顔を歪める。

 そこには、呆れた様子でこちらを窺う幼馴染が席に座っていた。


 彼女の名前は彩坂あやさか雪希。毛先まで手入れが行き届いた長い髪に、雪化粧のように滑らかで透き通った素肌が特徴的な女子で、俺とは幼少期からの幼馴染にあたる。

 整った顔立ちに大きな瞳なのは言うまでもなく、その類稀なる容姿から一年生ながら校内随一の美少女と評判高いらしい。


 学力優秀でスポーツ万能。加えてクールビューティーときたものだから、非の打ちどころのない彼女がクラス内外で人目置かれているのも無理はない。まさに完璧才女と言ったところだろう。


 ただ、俺に対しては明らかに態度が変わる。

 いつも冷たい言葉ばかり浴びせてくるし、他の生徒に一切向けたりしないような敵対的な眼差しを突き刺してくる。


 今だってそう。大口開けて間抜けな姿を晒していた俺に愛想を尽かしたらしく、まるで見下すような目でこちらを見てくる。

 とはいえ、こんな調子が何年も続いてしまえば流石に慣れたものではあるけど。


「何? また夜更かししてゲームでもしてたの?」


「あーまあ、そんなところ。イベントの討伐報酬が豪華だったから、ついのめり込んじゃって」


「はぁ……だから今朝もやたら眠そうにしてたのね」


 一応、ゲーム自体はしていたので嘘はついていない。

 中学の頃に始めたオンラインゲームに現在進行形でハマっており、昨日もネトゲ友達と深夜まで潜っていたせいで絶賛寝不足中という訳なのだが、結果として溜息をつかれてしまった。

 

「毎回同じこと繰り返して、本当にあんたは学ばないわね。今朝だって、私が起こしに行かなかったら寝坊してたじゃない」


「いや、そもそも俺の部屋まで起こしに来いなんて一言も言ってないんだが」


「おばさんに頼まれてるのよ。私達が家を留守にしてる間は息子の面倒を見てあげてほしいって」


「くっ、母さんめ。要らんことを……」


「高校生にもなって未だに一人で起きれないって。全く、子供じゃないんだから」


 やれやれと愚痴を溢されるが、そもそもの原因が俺にあるので何も言い返せない。

 夜遅くまでゲームをしている影響もあるが、俺は昔から朝に弱い。ウチの両親は仲睦まじく、父の海外赴任に母が付いて行ってしまい現在は俺一人で住んでいるため、同じマンションの隣室に住む雪希の世話になることが多くなっていた。


 居心地の悪さに小さく肩を窄めていると、雪希は再び煩わしそうに溜息を溢す。


「いつになったらまともになってくれるのかしら……本当にだらしない」


「悪かったな、だらしない幼馴染で」


「そう思うならしっかり反省して。……じゃあ私、これから友達と連絡とるから。邪魔しないでよね」


 そう冷たく言い放って会話を切り上げると、雪希は懐から取り出したスマホに視線を移し、澄ましたような顔で指先を動かし始めた。


 この一連のやり取りを見ていた周囲の生徒にとって、俺は幼馴染から嫌われている奴に映っていることだろう。

 事実、昔は仲が良かったものの中学に上がった頃から急に避けられるようになり、今ではすっかり冷たい態度で当たってくるように。心当たりなんて全くない。嫌われるような何かをした覚えはないし、それまで家族のように親しくしてきたのだから訳が分からなかった。

 

 しかし、最近になってようやくその理由が分かった。

 そして、まさに答え合わせするかのようにポケット内のスマホが立て続けに震える。取り出して確認してみれば、ネトゲ友達から数件のメッセージが送られてきていた。

 

 相手の名前は「雪丸」。中学の頃にオンラインゲーム内で出会って以来仲良くしているネトゲ友達で、昨夜も一緒に遊んでいた相方なのだが、その中身はというと……


『(雪丸)ねえ、どうしようナナミ!?』


『(雪丸)ってば、今日もカッコよ過ぎるんだけど! 私の幼馴染イケメン過ぎない!?』


『(雪丸)しかも、あくびしてる横顔までカッコいいし。だらしない姿まで絵になるとか反則……』


『(雪丸)あーやっぱり私、なーくんのこと好き過ぎるぅ……!』


 思わず顔を引き攣らせてしまうほどの言葉の数々。因みに、ナナミとは俺がオンラインゲーム内で使用している名前なのだが、それより気になるのは内容だろう。

 これはいわゆる惚気を聞かされている状況なのだが、その内容があまりにタイムリーかつデジャブ。何なら“なーくん”って俺が小さい頃に雪希に呼ばれていた愛称だし。


 ……と、この時点で大体察しが付くだろうが、実を言うと雪丸の正体は俺の幼馴染。つまり雪希なのである。


 ことの始まりは三ヶ月前。いつも通り雪丸と雑談しながらクエストをこなしていた時に、ふと恋愛相談を持ち掛けられたのがきっかけだった。


 彼女からの恋愛相談なんて今までなかったので初めは驚いたが、悩みが深刻そうだったのと単に頼られて悪い気はしなかったので、三年来のネトゲ友達として相談に乗ってやることに決めた。


 しかし、話を聞くうちになんとなく相手の特徴が俺に似ていることに気付いた。幼少期からの幼馴染といい、語られるエピソードといい。個人情報が洩れているのかと疑うレベル。

 「ま、まさかな~」と思いつつ、そこでさり気なく相手の名前を尋ねてみたところ、どうやら相手は“茅野渚沙”という名前らしい。ほう、茅野渚沙という奴なのか。なるほどなるほど……


(いやっ、それ俺やないかい!!)


 ということで、雪丸の正体が雪希だと確定した瞬間であった。


 もちろん最初は戸惑ったし信じられなかった。雪希が俺と同じゲームをプレイしていた事実もそうだが、三年間お互いの正体に気付かぬままネット上で交流していたとは。普通に考えてあり得ない状況だし、雪希だと信じる方が無理な話だ。


 しかし、そんな疑惑は確信に変わる。この一件で謎の信頼を得てしまったのか、その日を境に今度は惚気話を聞かせてくるようになったのだ。

 それも、リアルの俺との出来事ばかり。初めこそゲーム中のみだったが、少しずつ他の時間でもこっそりデレられてしまえば流石に信じざるを得なかった。


 そして、その頃には既に自身の正体を明かすタイミングを失っていて……三ヶ月経った現在では、相手が俺だと気付かぬまま惚気を聞かせてくる雪希と、内心駄々洩れなデレに素知らぬ顔で耐える俺という構図が人知れず成り立っていた。


(なーにが反省しろだ。平気な顔でとんでもないもん送ってきやがって)


 本人に直接伝わっているとは知らずに何とも可愛い幼馴染ではあるが、少しは延々と聞かされる身にもなってほしいものである。


 とはいえ、普段から好意を隠している分それなりに溜め込んでいるものもあるのだろう。昂る気持ちの捌け口として誰かに惚気を聞いてもらいたいと考えれば理解できなくもない。

 まあ、その相手があろうことか俺本人なのは可哀そうな気もするが……取り敢えず『良かったね』と当たり障りない返信だけしておく。


 因みに恋愛相談を受けた際、一応はそれらしくアドバイスしてみたのだが、「今更素直になるなんて無理! 恥ずかしいに決まってるじゃない!」と一蹴されてしまった。いや可愛いかよ。


(しかし、まさか雪希がツンデレだったとは……ん?)


 悠々とスマホを弄る雪希を横目で眺めていると、俺のスマホにメッセージが届いた。


『(雪丸)そういえば今朝の話なんだけどね』


『(雪丸)私、毎朝なーくんを起こしに行ってあげてるんだけど、なーくんって寝顔がすっごく可愛いのよ』


『(雪丸)だからつい耳元で「早く起きないと悪戯しちゃいますよ、あなた」って囁いちゃった♡』


「ふごっ!?」


 動揺して堪らずむせる。途中までいつもの惚気かと思っていたら、突然とんでもないカミングアウトを受けてしまった。

 いや、俺が寝ている横で何やってんのこいつ!? 勝手に新婚プレイしてんじゃねえよ!


「ちょっ、渚沙!? 急に咳込んでどうしたのよ?」


「い、いや別に……」


 突如息を詰まらせた俺を心配してか、雪希は慌てた声と共にこちらに振り向く。普段は冷たく接してくるくせに、こういう時は素直に気遣ってくれるらしい。


「ちょっとむせただけだから。全然大丈夫だから」


「そ、そう? ならいいけど」


「悪かったな雪希、心配かけて」


「し、心配なんて別に……というか、いきなりむせたりしないでよ。びっくりするじゃない」


 いや、お前のせいなんだけどな?


 しかし、そんなこと直に言えるはずもないので黙っておく。再びキリッと取り繕った顔をこれでもかと真っ赤に染めてやりたいが、今は我慢だ。


 と、そこで始業を告げるチャイムが鳴り、周囲の生徒が次の授業の準備を始める。

 俺達も例に倣い、カバンから教科書などを取り出す。が、そこでふと視線を向けた先―――雪希の制服に埃が付着しているのに気付いた。


「おい、埃付いてるぞ」


 いくら完璧才女とはいえ、エチケットを疎かにしているとあれば名折れもいいところだろう。俺は雪希の制服へ右手を伸ばし、さっさと取り除いてやる。

 しかし、雪希は奇麗になった左肩を一瞥すると、ギロリとかつてなく鋭い視線を突き付けてきた。


「……気安く触らないでくれない?」


「え? あ、悪い」


 周りの生徒が顔を強張らせるほどの冷徹な声音。咄嗟に謝った俺に小さく鼻を鳴らすと、雪希はプイっと顔を背けてしまった。


 気に障ることだったのかと困惑するが、確かに、幼馴染だからって女子の服に了承なく触れたのはマズかった。怒らせてしまって当然だろう。


 「あーマズったな」と反省しながら正面に居直したところ、ポケットにしまい忘れた机上のスマホが通知を知らせてきた。


『(雪丸)うわぁあああ待って待って! なーくんに服に付いてた埃取ってもらっちゃった!』


『(雪丸)さり気なく取ってくれるとことか本当に優しい! ねえ、どうしよう!? ドキドキし過ぎてまともに顔見れない……!』


『(雪丸)あーもうダメ! 好き! もう惚れてるけど!』


 ただの照れ隠しだったのかよぉおおお―――!! 


 堪らず心の中でツッコんでしまったが、なんとかポーカーフェイスだけは貫き通す。

 正直、今のは危なかった。少しでも気を緩めたら絶対変な声が出ていたと思う。それほどまでに強力なデレだった。


 舌を噛んでどうにか耐え切った辺りでちょうど先生が教室に入って来ると、号令を経ていつも通り授業が始まる。

 そして先生が淡々と講義を進める中……未だに動悸が収まらない俺はというと、それを軽く聞き流しながら頬杖を突いて窓の向こうに視線をやっていた。


 実を言えば、俺も雪希に対して密かに想いを寄せていたりする。


 ただ、自分から告白する勇気がない。確かに彼女と両想いだと分かった訳だが、それでも今の関係を壊すのが怖いと思ってしまう。


(まあ、単に自分に自信がないだけなんだよなあ) 


 情けない話だとは思うが、あれこれ言い訳付けて何年も踏み出せずにいるのが俺という臆病な人間なのである。

 だから、いつか勇気が出たらその時に……と思っていたのだが。


『(雪丸)今週末、オフ会しない?』


 その日の夜。手元に届いたメッセージを見て、俺は動揺した。

 出会って三年の仲である俺達だが、実は今まで一度もリアルで会ったことはない。それがどうして急に? 何のために? 疑問は増えるばかりで一向に潰えない。


 そうしている間にも強引に話は進められてしまい、気付いたときには『じゃあ楽しみにしててね』という締めとともに会話は終わっていた。こちらの意見を聞く気がないのは全く彼女らしい。

 

(えーマジでどうしよう……)


 こうなった以上行くしか選択肢はないが、リアルで会えばナナミの正体が俺であるとバレてしまう。

 最優先事項は言うまでもなく身バレ防止。かといってせっかくの誘いに今から断りを入れるのも申し訳ない。なんか文面的にウキウキしている感じが伝わってくるし、そんな彼女を悲しませるのは罪悪感がすごい。

 

 となれば……方法は一つしかなかった。







「少し早く着いちゃったわね」


 週末の午後。集合時刻より早く着いてしまった私は、駅前の広場に設置されている時計台に目をくれながらそう呟いた。


 しかし主催者である以上遅れる訳にはいかない。何と言っても今日のオフ会は、ナナミを労うために企画したものなのだから。

 

(いつも私の惚気に付き合わせちゃってるしね……少し強引な誘い方になっちゃったけど、ちゃんと埋め合わせしてあげるから許してよね)

 

 ナナミとは、私がオンラインゲームを始めたばかりの頃に出会って以来の付き合いになる。

 ゲーム自体が初心者で右往左往していたところを助けてもらったのがきっかけで仲良くなったのだが、同学年という共通点だけでなく話していて何かと気が合う人なので、高校生になっても相変わらずネット上で交流を続けている。


 ゲームの話題だけでなく、リアルであった出来事も談笑交じりに。もちろん最低限のネットリテラシーを弁えつつだが、いつも聞き役になってくれるし、それに……最近は私の個人的な話にも付き合ってもらっている。私にとって最も信頼のおける友達だ。


(というよりこんな話、リアルの友達相手にできないわよ……)


 そもそも普段とキャラが違い過ぎるし。あんな盲目的な一面があると知られたら絶対ドン引きされる。もしかしたらヤバイ女だと思われるかもしれない。

 

 でも仕方ないでしょ!? 気持ちが溢れちゃって自分じゃ止められないんだから!

 打ち明けてると「やっぱり好きだなあ」って思えて心臓がキュッてなるし、なんかこう……すごく幸せな気分になれるの! もっと聞いてほしいってなるじゃない!

 

 ……本当にナナミが友達で良かったと思う。他の友達と違ってナナミはネット上の知り合いだから学校で言いふらされる心配もない。安心して惚気られるというものだろう。

 実はなーくんでした? いやいや創作モノじゃないんだから。


(まあ、そもそも最初から素直に告白しておけばこんな心配せずに済んだんだけどね……)


 本当はこの想いを本人に告げたい。でもやっぱり恥ずかしくて、結局いつも誤魔化してしまう。

 どうしてこんなに不器用なんだろうとつい溜息をつくが、彼を意識するようになってからはずっとこの調子なのだから仕方ない。


 昔からなーくんのことは好きだった。

 でもそれはあくまで幼馴染としてというか、一緒にいることが多かったから身内的な感覚が強くて、言ってしまえば家族愛みたいなものだと思っていた。


 それが恋愛感情なのだと気付いたのは中学に上がる前。おじさんの仕事の都合で彼が海外に引っ越すかもしれないという話を聞かされた時だった。


 これから先も一緒にいると思っていただけにショックは大きくて、自分の部屋に籠って一晩中泣いていたのを覚えている。「離ればなれになりたくない」とか「一緒じゃないとヤダ」とか、年甲斐もなく駄々をこねてたっけ。


 結局、彼は両親に付いて行かず、中学生でいる間は近くに住む父方の祖父母の面倒になることで落着したのだが……その出来事を機に私は異性として好きなのだと自覚した訳である。


 それから三年と半年の月日が経ち現在。日々絶えず想いは募っていくのに、私は未だに告白できずにいる。

 自分でも臆病だと思う。でも、もし告白して振られたらと思うと……


(……うん、立ち直れる気がしないわ)


 だって今にも涙が出て来そうだし。想像しただけでこうなってしまうのだから、なおさら無理な話だ。


 とはいえ、私だって多少なり関係を変えるための努力はしているつもりだ。

 ゲームだってその内の一つ。元を辿れば、彼が楽しそうに口にしていたからこっそり始めてみたのだ。ゲームの話をしている時の彼はいつも生き生きしていて、私も始めればもしかしたら距離が縮まるかもと期待して……結局切り出せず仕舞いだけど。


 まあ、結果としてゲームの魅力を知れたし、ナナミとも知り合えたのだから良しとしよう。というより、そう思わなければやっていられない。


(さて、そろそろ約束の時間なんだけど……)


 視線の先にある時計に再び目を通し、私は周囲を見回す。

 一応、待ち合わせ場所や当日の服装は事前に伝えてあるのですれ違うことはないはずだ。私もまた、教えてもらった情報を頼りにそれらしき人を探す。


「あ、えと、あなたが雪……丸だよね?」 


「!」


 と、そこで背後から不意に声を掛けられた。

 私を雪丸と呼んできたということは、相手はナナミということになる。初めての対面で少し緊張するものの、勇気を出して振り向くことに決めた。が……


「ええ、リアルでは初めましてよね。私が雪ま……え?」


 その全容を見て、思わず困惑の声が漏れる。

 いや、別に服装に問題がある訳ではない。長袖シャツとパンツを基調とし、その上からカーディガン羽織ったスタイルと、男子高校生らしい一般的な秋コーデ。そこに関してはちゃんと事前情報の通りだったから。


 ただ、問題なのは顔から上。白いマスクに黒縁のサングラスに加え、深々とニット帽を被るという不審な組み合わせ。今にも職質されそうな見た目をしていた。


「あの、ナナミ。会って早々こんなこと言いたくないんだけど、その恰好はいったい……?」


「え? あ、いや、これはその……今日すごい寒いなと思って」


「むしろ過ごしやすいと思うんだけど……」


 そもそも顔だけ防寒する意味が分からないし。何だか妙に口調がたどたどしいところといい、本当にどうしたのだろうか?


「ま、まあ気にするなって。ほら、時間も惜しいしさっさと行こうぜ」

 

 そう言い残すと、ナナミはまるで逃げるように足早に歩き始めた。

 

 正直気になって仕方ないが、ナナミが良いなら私もとやかく言うつもりはない。

 あくまでも今日の目的はナナミの慰労会。彼のファッションセンスに関しては二の次なのだ。


 それに、もしかしたら単に会っていきなり顔を晒すのが恥ずかしいだけかもしれない。それなら少し時間を置けばいずれ自分から外してくれるだろうし、ここで焦らせるのはかえって良くない。 


 そう思った私は、色々言いたい気持ちを押さえつつナナミの背中に追い付くと、並んで目的地へと向かうことにした。

 

 因みにこれから向かう先はカラオケ。以前にアニソンを歌うのが好きと口にしていたのを覚えていたので、彼の気が済むまでとことん付き合うつもりである。もちろん私のおごりで。


 ということで、会話もそこそこにカラオケへ到着すると、受付を済ませて案内された部屋に入り、早速オフ会を開始したのだが……


「……」


 開始して約一時間。ナナミは依然として顔を隠したままだし、相変わらず挙動不審だった。


 歌ってくれている分にはいいのだが、何故か時折こちらの顔を窺って来るし、かといって私が視線をやるとサッと逸らしてしまう。

 そんなに私と顔を合わせたくないということなのだろうか? でも確かに今日は一度も目を合わせてくれていないし、そう思うと何だかもやもやする……というかもうムカついてきた!

  

「ねえ、なんで目を合わせてくれないの? 今日会ってからずっとよね?」


「うえ!? あ、いや、それはその……」


「そもそも格好だって変よ。顔ばかり隠して、まるで私に見られたくない事情があるみたいじゃない」


「そっ! んなことは……ないですよ?」


 私の指摘に動揺したのか、ナナミは分かりやすく声を濁らせる。

 明らかに怪しい……その不自然な態度を訝しんだ私は、ふと妙案を閃くと、ニヤリと悪戯っぽく笑った。


「ねえ、だったら私が外してあげようか?」


「は!?」


「私に見られても問題ないんでしょう? それとも、女の子に直に取ってもらうのがそんなに恥ずかしいのかしら?」


「いや、それとこれとは話が別と言うか……」


「ということで、さっさと顔を見せなさいっ」


「人の話聞いて!? あ、ちょっ、バカ触るなお前―――!」


 対極に座るナナミの元へと向かうと、抵抗する彼に構うことなく、問答無用で顔のアイテムを外しに掛かる。

 もちろん私としては軽い冗談というか、単なる仕返し程度のつもりだったのだけど……


「……え?」


 露わになった彼の顔を見て呆気に取られる。

 そこには何故か―――なーくんがいた。


「な、なんで渚沙がここにいるのよ?」


 意味が分からない。今日のオフ会の予定を誰かに伝えた覚えはないし、なーくんにだって当然教えていない。

 この件は私とナナミしか知らないはず。なのに目の前にはなーくんがいて、しかも自らをナナミと称している。というかさっき私のことを雪丸と呼んでいた。


(……ま、まさか……)


 違う。あり得ない。だって普通に考えれば身近な人とネットで知り合うなんて奇跡に等しいし、それこそ創作モノだ。

 そんな偶然あるはずない。絶対にあってはいけない。


 だって、だって、もし本当になーくんがナナミだとしたら―――!


 しかし、見る見るうちに涙目になる私を見て「あぁ」と観念したように肩の力を抜くと、彼は気まずそうに視線を逸らしながら言う。


「その、ごめん。言い出したかったんだけどタイミングがなくてさ」


「ま、待って。やだ、聞きたくない……!」


「こんな形にはなっちゃったけど、一応これだけは伝えておいた方が良いかなって」


「ねえ、待ってってば! お願いだからぁ!」


「……いつもごちそうさまです」


「~~っうわあああああァ―――!!!」


 照れ交じりに告げられたその瞬間、堪らずその場で蹲った私は感情を露わに大声で叫んだ。


 伝わってた! ずっと隠してきた気持ちも! 本心も! 何もかも!

 

 なんで今までなーくんだって気付かなかったの!? 思えば確かに声も一緒だし、話し方も、性格も同じなのに! 普通気付くでしょ!?

 なのに、あんなにのうのうと惚気まくって……バカなんじゃないの私!? バカなんじゃないの!? 私ぃ!!


「いや、マジでごめん。結果的に騙す形になって」


「うぅぅっ、卑怯! 卑怯よ! 全部知ってて黙ってたなんて……!」


 もうダメだ。恥ずかしくてなーくんに顔向けできない。

 ここまで醜態を晒してしまった自分があまりに間抜け過ぎる。もう穴があったら入りたいぃ……!


「あと俺、割と前からお前のこと好きなんだよね」


「……はいっ!?」


 突然のカミングアウト。完全に不意を突かれて、思わず頭を上げてしまった。


「な、なななんでこの状況で告白してくるのよ!? あんたバカなんじゃないの!?」


「だって仕方ねえだろ。今しかないって思ったんだから」


「だ、大体私が好きって、そんな素振り今まで見せてこなかったじゃない!」


「お前が鈍感なだけでそれなりに見せてたっての。てか、そもそもお前は惚気過ぎなんだよ。この前だって、俺の匂いがドストライクとか言って小一時間ひたすら熱弁して―――」


「うあぁあああ!? それ以上言わないでぇ!!」


 なんでその話知ってるのよ!? いや、私が自慢したんだった! もうっ、本当に私のバカァ!


(ああ、もう訳が分からない……)


 ナナミがなーくんだった事実すら呑み込み切れていないのに、いきなり告白されるわ余計な辱めを受けるわで頭の整理が追い付かない。

 顔が熱いし今にものぼせそうだし、情緒までおかしくなりそうだ。


「で、返事はどうなんだよ?」


「ぅぐっ……」


 それでも、なーくんは答えを求めてグイグイ迫って来る。

 さっきまで弱腰だったのに、まるで吹っ切れたかのように羞恥と覚悟が入り交じった目で私を見つめてくる。


(本当に意地悪……)


 答えなんてとっくに知ってるくせに。

 でも同時に、募りに募ったこの想いを伝えたいとも思ってしまうのだから私はどうかしている。そして、その衝動に歯止めが利かないことも。


 だけどやっぱり面と向かって言葉にするのは恥ずかしくて、素直になれなくて、代わりに私は取り出したスマホで表情を隠しながら文字を打った。


―――ピロン!


 間もなく通知音が鳴ると、なーくんは「え?」と驚きつつもポケットからスマホを手に取る。

 そして画面に表示された返事を見て、その表情は不意打ちを食らったように上気した。


「おまっ、捻くれ過ぎだろ……!」


「あ、あんたが意地悪してくるから少し仕返ししてやっただけよ」


 動揺を露わにして文句を言ってくる彼に、私はプイっと顔を逸らしながらいつも通り憎まれ口を叩いた。


 今はこんな形でしか伝えられないけれど、いつかはちゃんと自分の口から言えるようになるから許してほしい。

 そんなことを思いながら、私は彼に隠れてこっそりニマニマと口元を緩ませるのであった。

 

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俺だけに冷たい幼馴染は三年来のネトゲ友達にこっそり惚気を聞かせているが、実はその相手は俺なので全部伝わっちゃってる件。 そらどり @soradori

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